ZFA の思い出しと選択公理の独立性の証明への応用

(ZFA again and its application to the proof of the depencency of the axiom of choice)

by Akihiko Koga
24th Oct. 2021 (Update)
21th Oct. 2021 (First)
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このページの趣旨

以前,ある勉強会の発表用に集合論のサーベイ論文

M. Randall Holmes, Thomas Forster, and Thierry Libert : ALTERNATIVE SET THEORIES, Sets and Extensoins in the Twentieth Century 2012, 74ページ
を読んで,
某勉強会で発表した「代替集合論」の発表資料
に纏めました.

その中でアトムのある集合論 ZFA も出てきたのですが,当時はその勉強会の 発表の準備が忙しかったので,自分自身,中身を十分に味わったとはいえないように思っていました.特に,ZFA が 選択公理の独立性の証明に有用だという話があったのですが,それを確実に 思い出せない状態でした.

そういう状態だったのですが,どういう訳か, 最近,選択公理が一種の極限を取る操作に似ているなと 思い始めました.どういうことかというと,

  1. 選択公理が成り立たないということは,次のような集合 X がある ということです.

  2. この状況は,有理数の範囲で √2 が存在しないことに似ているように思います
    いくらでも √2 に近い有理数は存在するのに,√2 そのものの 有理数は存在しません.そういった近似列(例えばコーシー列)の収束先を 保証するためには有理数の集合を実数の集合に拡張しておく必要がある訳です

ということです.つまり,

という点が似ていると感じたのです.この例では,X のいくらでも大きな有限部分集合と有理数の分母が対応し,X の選択集合と √2 が対応する訳です.ZFC は 考えている集合の世界にそういう選択集合を,あたかも,有理数に √2 などの無理数を付け加えて実数を作るように,付け加えて拡張したものと考えることができるのでは無いかということです.

あるいは,次のように閉集合の有限和は閉集合になりますが,無限和はどうなるか分からないと いう状況にも似ています.

その直観ををきちんと展開してみようと思ったので,まずは,その独立性の証明を思い出して 見ようと思い,その勉強会の発表資料を引っ張り出してきて読みなおしました. せっかく読んだので,もう一度,そこを纏め直すと理解が進むかなと思い,この ページを書いています.

ということで,ここでは

をきちんと整理しなおして置こうと思います.

上のこと(選択公理と√2)に興味のない人も,一応,このページの内容は,ZFA と 選択公理の否定が無矛盾であることの簡単な解説になっているハズなので,お勉強には 役に立つと思います.ただし,「ZFA に選択公理の否定の追加が無矛盾なこと」であって 「ZF に選択公理の否定の追加が無矛盾なこと」ではありません.後者は証明に forcing を 使う必要がでてくるらしいです.前者はかなり簡単です.

これから ZFC, ZFA, そして,ZFA + ¬選択公理のモデルの説明をしますが, 読者は,1階述語論理とモデルについては知っているものとして話を進めます. もしご存じなければ,

形式的論理体系の定義から
レーベンハイム・スコーレムの定理までの大急ぎのまとめ

に簡単に書いたものがありますので,参照してみてください.

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ZFC と ZFA

ZFC (Zermelo Fraenkel with Axiom of Choice)

まず,ZFC から思い出します.ZFC の公理は,公理スキームという形では,10個くらいの ものなのですが,たかが 10 個,されど 10 個で,慣れないうちは, なかなか全部をすぐ頭に思い浮かべることができません.何しろ,それで,現代数学を 全部導出できる訳ですから.

それで,私は次のように ZFC の公理系をとらえることにしています(私のとらえ方ですから,一般的な捉え方ではありません).

それは,公理的集合論 ZFC は,上の図のように,4方向から取り囲む公理群

で規定されていると見るものです.これらについて詳しく見ていきましょう.

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ZFA (Zermelo Fraenkel with Atoms)

上に ZFC の説明をしました.ZFC では,∅ だけが要素を持たない「もの(集合)」でした. ZFA は,集合以外のもの,アトムを許した集合論です.アトムは,どんな要素も含んでいない「もの」です.ZFA では,集合とアトムを区別するために,set(_) という述語を導入します. set(X) は X が集合であるときだけ成り立つ述語を意図しています.

ZFA の公理系は,ZFC の公理の内,外延性公理を次のように集合についてだけ成立するように弱めたものです.

弱外延性公理

∀A ∀B( set(A) ∧ set(B) → (A=B ↔ ∀x (x∈A ↔ x∈B)))

選択公理も一応抜いておきます.後で,ZFA に選択公理の否定を追加した公理系のモデルを 作るとき,邪魔になりますから.

ZFA のイメージとしては,

のような感じです.空集合 ∅ や {∅}, {∅, {∅}} と言った,ZFC に 現れる集合があり,また,ZFA は,∅ の他にも,要素を含まないアトムが存在する世界です.図では アトム全体を A と書いています.A の要素は他の集合の要素になることができます.図では, アトム a を含む集合 {a, ∅} などが書かれています.

我々が学校ではじめて集合論を習うときのイメージがこういうものだと思います.

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ZFA + ¬選択公理 のモデルの構築

ここでは,ZFA のモデルを加工して,ZFA + ¬選択公理 のモデルの構築が作れることを 説明します.

●ZFA + ¬ 選択公理 のモデル作成の概要

まず,ZFA + ¬ 選択公理 のモデル作成の概要を説明します.これは 概要ではありますが,実のところ,殆どこの説明で,説明は終わっています. 次の図が.そのモデルの作り方と,そのモデルで選択公理が成り立たないことがあることの 証明の概略を表しています.

まず,前提として,ZFA のモデルでアトムが無限個あるものができたとします.これを (M, E) とします.また,M の中のアトムの集合を A とします.そして,A から A の全単射 φ : A → A に対して,これを φ* 2M→2M に 拡張します.どのように拡張するかというと,集合 B ⊆ M に対して φ*(B) は,B の中に 現れる A の要素 u を全部 φ(u) に置き換えるという拡張の仕方をします.

ここで,M の部分集合で,M' の要素にするための条件を記述するための用語を定義します. B⊆M が,A の中の有限個の要素の集合 S⊆A を固定した全単射 φ に対しては φ*(B)=B となるとき,B は有限のsupport S を持つと言うことにします. S を省略して,単に有限のsupport を持つとも言うことにします.これで準備ができました.

ZFA + ¬ 選択公理 のモデル (M', ∈) は次のように作ります.

あとは,この (M', ∈) で選択公理が成り立たないことがあることと,(M', ∈) が ZFA になっていることを言えば良い訳です.

選択公理が成り立たないことがあることは次のようにして言えます.

次に,(M', ∈) が ZFA の公理を満たすことですが, 例えば,∅∈M' など,いくつかの公理は簡単に 言えるみたいですが,かなり証明が難しいものもあるようです.ここでは, 当面,この証明には踏み込まない積りです.

以上が,ZFA + ¬ 選択公理 のモデル (M', ∈) の構築と,そこで選択公理が 成り立たないことの証明の概略です.

ほぼ,これで全部のような気はするのですが,以下に,細かな用語の定義などを きちんとしておきます.

●もとにするZFA のモデル

ZFA にモデル (M, E) があったとします.また,そのアトムの集合を A として,さらに A は無限集合であるとします.そのような ZFA のモデルがあったとするということです.

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●全単射 φ : A→A の拡張 φ* : 2M→2M

A から A への全単射 φ があったとき,これを M の部分集合に作用させる関数 φ* に 拡張する方法を説明します.

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●ZFA + ¬ 選択公理 のモデル Permutation model

この準備のもとに,「ZFA + ¬ 選択公理」のモデルを作ります.これは permutation model と 呼ばれます.自分自身への全単射は permutation とも呼ばれるからです.

今,(M, E) を ZFA のモデルで,そのアトムの集合 A⊆M は無限集合であるものとします.

このとき,モデル (M', ∈) を次のように作成します.

M' には,空集合 ∅ や無限集合 ω が入っています.また,アトムの 集合 A もどのような全単射 φ : A → A に対しても φ*(A)=A ですから, M' に含まれています.

●(M', ∈) で選択公理が成り立たないこと.

選択公理が成り立つとすると,任意の集合の上に整列順序がある訳で, アトムの集合 A は M' に入っていますから,A の上に整列順序を定義できないと いけません.このような整列順序の一つを WA とすると,これは全順序にも なっています.WAは M' に入っていますから,有限の support があるはずです. それを S とします.A は無限集合ですから,S - A は二つの異なる要素を持っています. それを a と b とします.A→A の全単射 φ として,この a と b を入れ替える全単射を とると,これは S の要素を入れ替えませんが,WAは全順序ですから,(a, b) あるいは (b, a) のいずれか一方だけを含んでいたはずですから,φ*(WA) でこれが入れ替わってしまい,WAと一致しません.従って,WA は M' には入っておらず, 選択公理が成り立つと言う仮定に矛盾してしまいます.

●(M', ∈) が ZFA のモデルになっていること

(M', ∈) が ZFA のすべての公理を満たすことを示さなければなりません.

∅∈M' は簡単に言えます.A の要素を含まないのですから,support は ∅ で良い訳です.

新しい集合を生成する公理の,基本的なもの

あたりは簡単そうな気がします.あと,残りは ですね.

上の「...と思います」も含めて,今はここに書く心理的な余裕がないので, とりあえず,先人の言を信じておくことにします.そのうち,元気がでたら,ここにも 証明を書くかもしれません.

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選択公理が成立しないことのもっと直接的な説明

上の説明では,選択公理が成り立たないことをいうのに,

新しい ZFA のモデル (M', ∈) で選択公理が成り立っていれば,その中にある集合 A の整列順序が あるはずだが,これは M' にない
という持って回った説明でした.ここを改定して,私は,もっと直接的に,
ある集合 X の選択集合 C は存在しません
と言えないかなと思いました.持って回った言い方を避けるだけでなく,このページの 最初に書いていたように,「その任意の有限部分集合の選択集合はあるのに,全体の 選択集合が無い」という状況を具体的に作りたかったのです.

いろいろ考えた結果,次の集合の選択集合は存在しないのではないかと思います.

XA := {{(a, b), (b, a)} | a, b∈A}
これは,A の任意の2要素 a, b に対して,(a, b) とその順序を逆にした (b, a) のペアからなっていますから, どのような全単射 φ : A → A に対しても変化しません.従って XA は M' に入っています

では,XA の選択集合はどうでしょう? XA の各要素は集合で,どれも 空集合ではありません.この選択集合のうち,ある集合を CA とします.CA は,任意の a, b∈A に対して,(a, b) か, あるいは,(b, a) かのどちらか一方だけを含んでいます.

CA に有限の support が存在するでしょうか.そのような support を S と してみます.そうすると,A - S は無限集合ですから,最低でも2つの異なる要素 a と b を 含んでいます.これを入れ替える全単射 φ を取ると,CA の中の,a と b の 順序対は前後が入れ替わりますから,φ*(CA)≠CA で,これは M' には入っていません.

こちらの説明の方が,選択公理が成り立つとして,整列順序が存在するという矛盾を導くより 直接的な説明かなと思います.また,この XA の選択集合の一つが整列順序であり, 全順序ですね. A の選択集合 CA は,選択の仕方によっては全順序じゃないかもしれませんが, これも上の説明の通り,M' には存在できません.

一応,上の説明は正しいとは思うのですが,やはり,人間のやることですし, 特に私だし,最近,ミスが多いので,「証明」という言葉を使うのが憚られて, 「説明」と言っています.変ですけど.

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選択公理と √2 の類似性(再)

上の説明で,より直接的に,この集合の選択集合は無いという格好にしたので,とりあえず,ZFA + ¬選択公理 の permutaion model の作り方を復習したので, 「選択公理と √2 の類似性」の考察に入ります.

ZFA のモデル (M', ∈) では,

XA := {{(a, b), (b, a)} | a, b∈A}
という性質が成り立っていました.

いま,アトムの集合 A の有限部分集合を A1 ⊆ A2 ⊆ A3 ⊆ ... ⊆ A のように 取って行ったとします.

XAi := |{(a, b), (b, a)} | a, b ∈ Ai}
と置くと,XAi には選択集合があるのに,XAにはありません.

このページの先頭では √2 の近似を,実はニュートン法でやって言っていました. 分母分子がいくらでも大きくなっていく様子を表現したかったからです.でも,選択公理 との関係で言うと,10進数の小数で各桁を 0, 1, ..., 9 から選ぶようにした方がよいかも しれません.それで,この二つを対比させてみます.

今度はかなり類似性が明確になってきたと思います

しかし,この図を描いているとき,嫌なことを思い出しました.√2 の 場合は各桁は,{0, 1, 2, ..., 9} から選択する必要はなく,桁により一意に 決まるのです.従って,選択する必要はなく,せっかく近寄っていたイメージが また無関係になってしまいました.

選択公理と √2 の類似性(再・再)

最後にもう一度,ちょっとだけ,足掻いておきます.

上で,√2 の場合は,各桁が一意に決まり,選択の必要が無いので,√2 との類似性は特に言えないのですが,選択が必要な 任意の無理数とは,この類似性があるように思います.従って, 「ZFA+¬選択公理」と「有理数や代数的数の集合」の対応がなんとなく言えるのでは ないでしょうか.

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参考文献

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