J.B. Nation, Notes on Lattice Theoryそのうえで,この本については,私は2点だけ要望があります.一点は,
まず,
本来,束論自身はうまく教えれば数学科の2年生で十分理解できる内容だと思うのです. 無限集合の場合はとりあえずは飛ばして読んでもよいので,そのことに気づけば読み進められるのですが, 第一章の初っ端で読者を追い返すことはないと思う訳です.数理論理学を使った 証明自身は面白いのですが,やはり何らかの教育的な対処があってもよいなと思いました.
また,束の例として部分代数の空間の例がさらっとが出てきます. これは普遍代数を知らないとピンとこないものです.普遍代数については付録で簡単に定義 されますが,ということは著者は,ある程度の割合の読者が普遍代数を知らないと思っているわけで,そういう人にあの付録で分かれというのは難しいように思います.
あと,前方参照がかなりあります.
こういう部分に多少のケアがあると嬉しいのですが.
これは,私が計算機科学の専攻だからだということも関係しているかもしれませんが,私は数年単位で悩んでしまいました(実は,昨日(2017.10.15) やっと分かりました).もしかしたら同じように混乱される人がいるかもしれないので,混乱の仕方と,解決のしかたを 書いておきます.
x ∈ S ... (1)の形をしている.
または
Y ⊆ S => z ∈ S ... (2)
と記述されています.(1) の形は (2) で Y = ∅ と置けばよいので,(2)の形の退化した形だと説明されます.したがって,(2) の形だけについて考えれば良い訳です.
この定義がでてくる文脈をもう少し書いておきます.この定義は,ほかに2つの概念 Closure system (閉集合の系) と Closure operator と同値なものとして出てきます.それぞれの定義と それらが同値であるという絵を次に描いておきます(J.B. Nation に要望を言おうと思って描いたので英語です).この図で,P(X) は集合 X に対して,X のすべての部分集合の集合を返す関数です.
この絵の中で
上の図の Def.C がClosure rules ですね.実は,計算機屋さんにとってはこれはとても混乱を 招く定義です(と思います).rule がある形の論理式に見えるので,その文法を推測しようとして,
と思う訳です(一応,上の論理式は下の論理式の特殊なケースという説明がなされていますからxは無視します).「'Y' とか 'z' ってなんだろう?」
とかの疑問です.例を見ると,「論理式の中で出てくるので,何らかの文法を持った式かな?」
これらの例をみて,
「こういう具合に,Y のところに,∅ とか {x, y} とかいろいろ書いているところを みると,単に変数 Y と書けるだけではないのだな.」 「でも,1 は,Y のまま書いてあるし,さらに,z は Y の集積点で,Yの関数にもなっていないし, 一般系はどんな文法だろう?」
とか悩んで,およその文法を推測しておりました.
この本ではこのあと代数的束(algebraic lattice)などがこの Closure rules を使って定義 されていますので,これを分からないまま進むわけにはいきません.というわけで, 長年悩んでいて,これは J.B. Nation さん,間違えてるなと思って,要望を書き始めたところ, 先ほど解決したという訳です.
J.B. Nation さんに要望を書き始めて,はじめて真剣に考えたのでしょう.やっと 分かりました.Def.Cの定義は述語論理の命題を定義しようとしている訳でなく, Closure rules の定義は,次のような定義に置き換えると誤解がなく読み進められると 思います.
つまり,Y ⊆ S のとき,必然的に S に含まれる要素 z のペアの列挙な訳です. この Y は,無限集合になることもありますから,人間が記述できるようなもので あるとは限りません.また,ペア (Y, z) の組も無限集合になることがあります. それも,可算個というような生易しい数ではなく,任意の濃度(cardinality)に なり得ます.もう一度言うと,人間が何らかの記法で書き得る rules ではなく 概念的に定まる Y と z の対の集合です.
先ほどの5つの例は以下のように書き直されます.
しかし,両者は違います.それは
両者のバリエーションの基数を比べてみればわかると思います.例えば,a set of closure rules として自然言語での
記述を考えた場合(より正確には,(有限長の)条件式の(有限)集合を考えた場合),
そのバリエーションの個数(基数)は ℵ0 (aleph0) です.
それに対して a set of closure rules のバリエーションは,X の基数を |X| とすると,
P(X) × X の部分集合すべての集合なので 22|X|で,
これは|X|が大きくなれば,ℵ0 (aleph0) を超えていくらでも
大きくなります.したがって,a set of closure rules として考え得るもののうち,
ごく少数だけしか,論理式の集合では書けない訳です.もちろん,我々が具体的に
考えることができる a set of closure rules は,自然語で書き下せるわけですから,
論理式の集合でも書けますが.
これは a set of closure rules に限った制限でなく,数学全般に言えることですね.
数学上の概念(例えば,すべては集合という立場をとったとき,集合を1つの概念と考えれば,
その基数に上限はないのですが,我々が有限長の自然語で考え得る概念の基数は高々
ℵ0 (aleph0) です(本当は有限ですけどね).
- A set of closure rules の記述力についての注意
(数理論理学や集合の基数を知らない方は飛ばして結構です)
上の例では「自然語で書いた記述と a set of closure rules はほとんど同じじゃないか」と
思われる方がいると思います.実際,数学者は自然語の記述からほとんど無意識的に
a set of closure rules へ変換できているんだと思います.
一応,言い直した Closure rules の定義の元に3つの概念が同等であるという
ことを説明する図を描いておきます.これは定理2.6(Theorem 2.6) の内容です.
たぶん,あの Closure rules の定義は,普遍代数の素養があり,数学の文脈で このテキストが書かれているということが分かっているひとには,もしかしたら, すんなり受け入れられる定義なのかもしれません.基本的には,普遍代数の部分代数を 作るときのルールを書き下している訳ですから.
周りに聞いてみて,勘違いする人が多ければ,もしかしたら J.B. Nation さんに 連絡を入れてみようかとも思いますが,私の周りに相談する人がいないんですよね.
(後日談)
結局,J.B. Nation さんにコンタクトをとって本件について聞いてみました.
で,結果は,「これでうまく ambiguity を取れてますね.」ということでした
(2017年10月28日).
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