私の奥様の朋子さんが

突然亡くなられてしまいました

古賀 明彦

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2020年4月14日(火)に,私の奥様の朋子さんが突然亡くなってしまいました. 今から 10 日ほど前のことです. 少し女々しいのですが,そのとき,そして,その後起こったことや 思った事を書いていこうと思います. 理由は,

  1. 私が,今,結構,こたえていて,書いていくことで少しは気がまぎれるのでは ないかと思うことと,

  2. 他にも配偶者の死できつい思いをしている人がいて,もしかしたらこれを 読むことで少し気が まぎれるかもしれないと思うこと
です.気がまぎれるというのは,人間は,そう潤沢に頭の計算資源(リソース)を持っていないので,書いたり,読んだりすると, それだけ悲しみを考える計算資源がそちらに取られて減るはずだからです.

2020年4月24日(金)

目次
古いものが上です.
  1. 突然,朋子さんが亡くなられてしまいました 2020 年 04 月 24 日 (金)
  2. 遺体と死体 2020 年 04 月 24 日 (金)
  3. 亡くなった朋子さん,生ける亭主を走らす 2020 年 04 月 25 日 (土)
  4. セキセイインコのピピちゃん 2020 年 04 月 25 日 (土)
  5. 定期購入の件 2020 年 04 月 26 日 (日)
  6. 応急処置のこと 2020 年 04 月 26 日 (日)
  7. 朋子さんの思い出,その1 花見 2020 年 04 月 27 日 (月)
  8. 戒名,法名,法号,俗名 2020 年 04 月 28 日 (火)
  9. お礼 2020 年 04 月 29 日 (水)
  10. お花のこと 2020 年 04 月 29 日 (水)
  11. 朋子さんの肉親,友達を必要以上に悲しませたかもしれません 2020 年 04 月 30 日 (木)
  12. 朋子さんの思い出,その2 高尾山への行楽 2020 年 05 月 2 日 (土)
  13. 人間の心の多重構造 2020 年 05 月 3 日 (日)
  14. お葬式と仏教 2020 年 05 月 3 日 (日)
  15. 用語の説明 仏,菩薩,阿弥陀如来 2020 年 05 月 4 日 (月)
  16. 少しぼ~っとしていたいこと 2020 年 05 月 4 日 (月)
  17. 自分の今の境遇を考える 2020 年 05 月 6 日 (水)
  18. 配偶者の喪失感と生きる目的の喪失感について 2020 年 05 月 7 日 (木)
  19. 四十九日法要の準備 2020 年 05 月 14 日 (木)
  20. 遺影の写真選び 2020 年 05 月 16 日 (土)
  21. 分骨のお話 2020 年 05 月 17 日 (日)
  22. 遺影の写真選び (2) 2020 年 05 月 22 日 (金)
  23. 四十九日法要が終わりました 2020 年 06 月 2 日 (火)
  24. 「ただ,ただ,~する/させて頂く」ことの功徳 2020 年 06 月 6 日 (土)
  25. 「愛別離苦(あいべつりく)」への姿勢 2020 年 06 月 13 日 (土)

突然,朋子さんが亡くなられてしまいました

2020 年 4月 24 日 (金)

今から10日前,2020年4月14日(火)17:35,突然,私の奥様の朋子さんが 私の目の前で亡くなられてしまいました.妻も私も61歳,彼女は5月で,私は8月で, 62歳,今の時代だと,やはり少し早いような気がします.

詳しい状況を書くと暗くなりすぎるので, 簡単に書くと,16:50 くらい,彼女が急に苦しみ出し,救急車を呼ぶように私に求めたのですが,5分後 救急車が来た時には心肺停止で,病院まで蘇生処置をしながら行くも,蘇生せず, 約40分後の 17:35 には死亡が診断されてしまったということです.その後,すぐ,CT スキャンで死因が 調べられ,急性の大動脈解離と診断されました.ん?,簡単に書くと言いながら, 結構,詳しく書いてしまったような気がします.

その日,色々な理由から,結局,彼女の遺体を自宅に連れて帰りました.自宅から 二時間くらいのところに住んでいる長男を呼び,色々助けてもらいながら,お葬式の 準備をしました.息子も結構しんどかったんじゃないかと思います.ずっとこちらに いたわけじゃなく,お葬式が終わるまで,二時間くらいの距離を3往復させちゃいましたから.

通夜は 4/18 (土),告別式は 4/19(日)にしたので,標準と比べて,随分と余裕のある日程 だったのですが,のんびりしてたわけではなく,彼女の交友関係を調べて,誰に連絡すべきか ということとお葬式をどのようにするかを葬儀屋さんと相談するのに随分労力を割きました. 全部の日を書き出すと

こんな感じになりますから,たぶん,標準のケースより 1 日,または,2 日,長いんだと思います. その間,結構な時間,朋子さんの顔を見て過ごしました.葬儀屋さんが毎日ドライアイスを 替えに来てくれるので,遺体はあまり痛まずに,概ね,かわいい寝顔のまま お通夜の日を迎えました.

お葬式をすぐする場合と,こんな感じで長めにとってする場合があると思いますが, 私個人としては結果的には長めで良かったと思いました.その間,ずっと彼女の顔を見て いられましたから.通夜のために葬儀屋さんに連れていく前日の夜には

明日には家からいなくなって,明後日には火葬されて,骨になってしまうんだな. こんなにかわいいのに,何も燃やさなくてもいいんじゃないか.
と思ったりしました.まあ,ドライアイスで冷やしていても,やはり腐敗していくので, 最終的には 燃やしてしまい,いろいろな人の思いも断ち切ってやる必要があるのでしょう. 生者はいつまでも死者にとらわれている訳にはいかないのです.死者も, この世の雑事にとらわれず,きちんと成仏させて やらないといけないのです.古事記でもイザナギは 最後にはイザナミを黄泉の国に追い返しています.あれはあれで,ちょっと身勝手な 気はしますけどね.

まあ,お葬式までに長い期間をとるメリットは愛しい人と少しでも 一緒にいられるということですね.その間に遺体の保存がよければ,良い思い出を 反芻できるし,もし,遺体が傷んできた場合は,だんだん,死者への思いを断ち切ることの 助けになるかもしれません.私が若いころ,「チベットの死者の書」という本が 流行ったことがありますが,それには死体がだんだん変化していく様が描いてあります. そういえば,古事記のイザナギ・イザナミの話も,こういう,死者と生者を分ける話に とれないこともないようにも思います.

お葬式までの期間が短いときのメリット・デメリットは丁度この逆ですね. 生者を死者から素早く切り離せるけど,その分,最愛の人との最後の時間は とれない.どちらにしても,それが良いと思う人もいるだろうし,他方が良いと 思う人もいるのでしょう.

とりあえず,今は,告別式を終えて,朋子さんの位牌と遺骨を家に連れて帰っています. 私の寝室に祭壇を作ってもらいましたので,夜寝るときは祭壇が見えますし, 私の部屋は寝室の横なので,すぐに手を合わせにいくことができます.こういう状況 なので,そこまで深刻な朋子さんロスを感じておらず,むしろ近くに居るような気が してます.私は少し彼女に魅入られているのかもしれません.

P.S.

新型コロナが流行っていて,外出自粛の意識がかなり強いのか,告別式は結局 私と息子の二人でした.出席者がいなかったので最後の挨拶は読まずじまいになって しまいました.一応,原稿を書いたので, こちら に載せておきます.

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遺体と死体

2020 年 4月 24 日 (金)

4月14日,朋子さんが 17:35 に病院で亡くなられてからは,すぐ病院の霊安室に運ばれ, 病院で紹介していただいた葬儀屋さんがそこを訪れ,今後のことを話し合いました. その中で,すぐ決断しないといけないものとして,

  1. 朋子さんの遺体を自宅に連れて帰り,お通夜まで置いておくか,
  2. 葬儀屋さんの霊安室に連れていくか
というのがありました.

自分の家内とは言え,死体は死体ですから,「少なくともその夜, 一緒に過ごせる勇気があるだろうか?」という不安から,一度は,

「では,葬儀屋さんへ」
と回答したのですが,そのとき,息子がこちらに 向かっていて,まだしばらく着かないので,葬儀屋さんからの「息子さんが 簡単には会えなくなりますよ」との確認で,
「では,自宅へ」
となったのでした.

結果,私は息子と葬儀屋さんに感謝することになるのです. 家内の顔はまるで寝顔のように健やかで,つい,「ねえ,そろそろ起きようか」と 言いそうなほどでした.頬に触れると,もう2時間になるのにまだ暖かいのです. 大人の女性は,モノとして考えるとほぼ 50Kg 前後のお湯なわけで,お風呂と 同じように冷えるのに時間がかかるのでしょう.遺体の腐敗を防ぐために, 葬儀屋さんがドライアイスで上半身を固めたにもかかわらず,しばらくは 暖かく,本当に眠ってる横で看病しているような気持ちでした.

身体が冷えて,温度で彼女がすでに遺体であることを感じたのは夜の9時半くらいです.亡くなって 4時間後ですね.その夜は真夜中まで家内の顔をみて過ごし,2時位に床に 就いたのですが,さすがに一睡もできませんでした.欧米の人がエンバーミングを するというのも分かる気がします.でも,文化的な違いかもしれませんが, 私的にはきちんと彼女をこの世から送り出してあげないといけないと思います.

今回のお話は,通夜まで,遺体を自宅に連れて帰るか,葬儀屋さんにあずかって 貰うかですが,私の場合は,自分以外の要因で自宅に連れて帰るという決断に なり,それで別に怖くはなかったという話です.この話は,遺体の状況にもよるし, 受け入れる側の人間によるので,いつもいつも大丈夫という訳でもないと 思います.伝染病だと遺体であっても連れて帰る訳にはいかないでしょうし, 遺体の損傷が激しかったり,亡くなられた時の状況によっては腐敗が早く進んで しまうということもあるようです.受け入れる側の心が持つかということに 関しては,連れて帰ってすぐ,

「万が一,遺体が起き上がって,かみついたり, 私を黄泉の国へ引き入れても,それはそれで良いや」
と思うようになりましたので, 死体と一緒にいるというのはあまり気になりませんでした.これも人によるで しょうから,最初に迫られるこの決断は少しキツイものがありますね.

今回は,家内の遺体を自宅に連れて帰り,寝顔を眺めながら,「可愛いな」と 思ったり,「遺体と死体,奥様の亡骸とほぼ50Kg のお湯に近似できる物質との 狭間とはなんだろう」と思ったり,自分の思考の多重性に気付かされる 日々でした.会社にいたときの訓練でほぼ感情に触れずに動ける部分が あり,そこが動いているときは良いのですが,つい,心の深い部分まで 触れてしまうと,涙っぽくなってしまいますね.

P.S.

人間は死んでもすぐには体の中の化学反応は止まらないそうです.したがって, 少しずつ熱を出していますから,単なるお湯よりも冷めにくいみたいです. 体温の低下は一時間に 0.5 度から1度とのことです.

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亡くなった朋子さん,生ける亭主を走らす

2020 年 4月 25 日 (土)

そうしてとにかく,朋子さんの亡くなった次の日(4月15日(水))の夕方には,お通夜(4月18日(土))と 告別式(4月19日(日))の日取りが決まりました.それで喪主たる私は礼服があることを 確かめて安心していました.

一方,息子は社会に出たばかりで,これを機に 礼服を買うと言うので,ネクタイなんかは私の余分があったと思い, もう一度自分の礼服を詳しく調べると,なんとズボンが無いのです. あちこち調べてもありません.

そう言えば,先日,朋子さんが「礼服のズボンが傷んでいるみたいよ」と 言ってたような気がします.どうも捨てられてしまったようです. 急いで息子と一緒に礼服を買いに行って事無きを得たのですが,確か, 昔もこんなことがあったと思います.やっと学位が取れて,学位授与式の 朝,背広を来て靴を履こうと思うと靴がないのです.朋子さんに聞いてみると,「あー, あれな,傷んでいたんで捨てたでー」とのこと.そのときも,急いで靴を 買い,なんとか間に合わせました.私は研究職だったので,あまり背広を着ることが なく,普段着ばかりだったので油断していたのです.

朋子さんが生きていたころ,「あんた,身だしなみにはもう少し気を払いや」と よく言ってたことを思い出します.礼服を買って家に帰って,朋子さんの 遺体に一応文句を言っておきました.「亡くなってまで,あんたに走らせられるとは 思わなかったよ」と.

まあ,普通の人程度に,身だしなみに気を払わない私が悪いので, 亡くなってまで,亭主に忠告をしてくれている優しい朋子さんだったと 思うことにします.でも,一人になってしまったんで,なかなか色々なことに 気を遣うのは難しく,朋子さんの忠告通りにすることは難しいかなという気がしています.

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セキセイインコのピピちゃん

2020 年 4月 25 日 (土)

うちにはピピちゃんという5歳になる空色のセキセイインコが一羽います.私の 希望で,朋子さんと一緒に近くのホームセンターで買って来た子です.「ピピちゃん」という 名前は朋子さんの命名です. 小さいときは私にも懐いていたのですが,水浴びを無理にさせたり,少しスパルタが 過ぎたのか,私からは逃げるようになって,朋子さんに懐いています.どこか 隅に潜っているとき,私が手を入れるとかみつくくせに,朋子さんが手を入れると 「げぇげぇ」と甘えた声を出して,手にまとわりつくのです.朋子さんが京都とかに何日か遠出するときなんかは 世話は大変です.ピピちゃんをなんとか,なだめ,すかししながらカゴに入れて 寝せないといけないのです.朋子さんが帰ってきてくれると,私もピピちゃんもホッと します.

ピピちゃんは片方の足の指を怪我していたり,もう一方の足の指は卵を 抱いているとき,自分で開けなくなったりして,ちょっとかわいそうなインコです. 私も朋子さんも「ピピちゃんは可哀そうね」と言っていたのですが,まさか, 朋子さんの方が先に逝ってしまうとは思いませんでした.

朋子さんが亡くなって,今日で10日になります.その間,ピピちゃんも結構 取り乱していました.朋子さんを求めて,何度も呼び鳴きしたり,朋子さんが居そうな洗面所まで探しにいっていたりして.

それで分かったことが一つあります.うちのピピちゃんはメスなので, 覚えた言葉は,「ピピちゃん,かわいい,かわいい」だけでした.朋子さんが 亡くなってから,ピピちゃんが,しきりに「ピピちゃん,かわいい,かわいい」と 言うのです.私が復唱すると,またピピちゃんが復唱して,また,私が復唱してと 言った具合にずっと続く訳です.そのとき気が付いたことと言うのは,ピピちゃんにとって 「ピピちゃん」とは自分のことじゃなくて,朋子さんのことだったのです. 朋子さんが「ピピちゃん,かわいい,かわいい」と言っていたので,きっと, 朋子さんを「ピピちゃん,かわいい,かわいい」と思い込んでいるのです. つまり,これは朋子さんを呼んでいるのだと思います.

朋子さんが遺体となって マンションに帰ってきた後も,3回くらい,ピピちゃんを連れて,朋子の 寝ている部屋に行って,ピピちゃんと朋子さんを会わせてやりましたが, ピピちゃんは変な顔をしていました.もともと,朋子さんが寝ている部屋は 少し暗くてピピちゃんは怖がっていましたから,すぐ別の部屋にいってしまいました. 朋子さんが通夜のために移動する前日にも,ピピちゃんを捕まえて,朋子さんの 横に連れて行って,「ピピちゃんのピピちゃんは明日でいなくなってしまうんだよ」 と言いきかせて,お別れさせました.

朋子さんが亡くなって 10日,ピピちゃんも私に懐きはじめ,私の 手に「げぇ,げぇ」と言ってくれるようになっています.そのかわり, 私にまとわりつき,私が別の部屋にいったり,外出するととても寂しがる ようになってしまいました.今は,ピピちゃんが寂しがるのでなかなか 朋子さんの位牌のある部屋に行けないのが悩みです. 飼い主が亡くなったとき,ペットの心のケアも結構大変です.

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定期購入の件

2020 年 4月 26 日 (日)

朋子さんが亡くなった次の日に化粧品の着払いが一つ,その次の日に玄米の 配達品が一つありました.

玄米はどうも定期購入で引き落としのようです. お葬式が済むまで,なかなかお葬式のこと以外のことを 考える余裕がないので,放っておいて,お葬式の次の日(4/20 月曜日)に対策に乗り出しました.

だいたい,世の中の夫は妻が何を定期購入しているか知らないと思います.いや,定期購入に 限った話ではなく,お友達のことも,保険のことも,銀行預金のことも何もかもですが. もっとも,それは逆の場合,つまり,妻から夫についても然りでしょう.

とりあえず,配達された玄米は問い合わせ先が分かるので,連絡して,止めるとともに, 支払いをコンビニ振り込みにしてもらい,振り込んでしまいました.人が亡くなったとき, 場合によっては,銀行がそのことを知ると,口座を凍結してしまうことがあるそうです. ただ,役所への死亡届で自動的にそれらが行われる訳ではないらしいです.

もう一つ,朋子さんが生協に加入していて,毎週,注文したものが来ているのを 知っていましたから,そちらも連絡して,止めてもらいました.朋子さんが 亡くなった日が,丁度,生協に注文する日で,そのとき注文されたものはどうするかと 聞かれ,朋子さんの最後の注文だし,普段,あまりたくさん注文していないのを 知っていましたから,「それは届けてください」と答えました.

しかし,配達された量をみて びっくり.やっと,冷蔵庫に押し込んで,「これをどうやって腐らせずに食べようか」と 思案に暮れました.「いや,朋子さんは礼服のことといい,やってくれるな」と思ったりします. せっかく,生協の人が「止めますか」と言ってくれているのに,注文を確認もせずに 配達させた方が悪いのですけど.

男一人の家で,どうやって食べようかと思案しているとき,生前,朋子さんが, メニューを考える気がないとき,連日,鍋を食べさせられたのを思い出しました. 「なあ,鍋はうまいやろ.簡単やし.」と言いながら.

と言うことで,鍋でそれらの食材を消費することにしましたが,気持ちが焦りすぎて, 何でもかんでも放り込んだ結果,雑味が多すぎてあまりおいしくない(もっとはっきり言えば まずい)鍋が出来上がってしまいました.そういえば,朋子さんは,「鍋をまずく作れる人は, そういーひんねんで」とも言ってたような.

でも,いくつかの食材を消費したので, 冷蔵庫も隙間が空き,なんとか腐らせずに消費できそうです.また,冷蔵庫の中のものには 全部,付箋紙で賞味期限/消費期限を書き込み,すぐ見えるようにしましたから,期限が来そうな ものから片付けていけます.

今回のお話はまとめると何でしょうね.昔風の専業主婦の家庭で,奥様が亡くなられたときは

  1. 購入品は停止して,最後の注文はきちんと把握して受け取ること(頭に余裕があればですが)

  2. 鍋を作るときは適度な量の具で心を込めて雑味のないものを作ること
    基本的にコンブなんかでだしを取って,適量の具を入れ,ポン酢なんかで食べると まずくはならないとは思うのですが.

  3. 大根は大根おろしにするとおいしく,はやく頂けること
    大根は見た目と重さからビビるのですが,大根おろしにするとすーっとおなかに 入ってくれます.人参なんかもそうかもしれませんね.

  4. 他に野菜炒めなんかも簡単で美味しくできますし,一人でまともな料理ができるように なるまでのつなぎとしてやってみるのも良いと思います.
くらいでしょうか.

これから時々くる郵便物を見て止めることと,彼女の入っていた保険とかを整理して 手続きするとか,結構,頭が痛いです.でも,皆さん,やってらっしゃるんですよね. えらいなと思います.

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応急処置のこと

2020 年 4月 26 日 (日)

今回,朋子さんが突然倒れたとき,私は応急処置はまったくできませんでした. 救急車を呼んで,サイレンを鳴らしながら来る救急車をマンションまで誘導しただけでした. 自分が思うより全然落ち着いた行動ができない人間だったんだなという気がします. 救急隊員の人にも「ご主人,落ち着いてください」と言われてしまいましたから.

今回,急性の大動脈解離で,一瞬にして心肺停止に陥ったように見えましたので,応急処置を やったとして効果があったかどうかは素人には分かりませんが,やはり応急処置はできた方が 良いように思います.

実は,事が終わった後でも,私はどうすればよかったのか分かりません.きっと,応急処置みたいなことが重要だという方向に意識付けすることが重要なんだと思います.例えば,

が良いのかもしれません.私自身,これを書いているこのときでも,応急処置をできるように する努力をすべきかどうか迷っている状態です.人間は元来,怠け者ですから,役に立つかどうか分からないところへ労力を割くことができないのです.ですから,今回は「できるようにする」側に決定を倒すと, 今,決めるのが良いですね.

一応,5月の日程に一日だけ「応急処置について考える」という項目を,たった今,入れました. 私も,大層な決断はできず,まずは,「考える」というところからしかやれないように思います. 人間の愚かさは度し難いものがあります.


後日追記(2020年 5 月 20日(水)):

日本赤十字社の「 救急法等の講習」のページを見ました.また,そこにリンクされていた 「【日本赤十字社】一次救命処置(BLS) ~心肺蘇生とAED~」という youtube のビデオを 見ました.

ビデオでは,近くにいる人に救急車を呼ぶように頼んだり,AED を持ってくるように 頼んだり,救急時にうまく行くかどうか分からないことも含んでいますが, いろいろな気付きがあります.朋子さんに有効だったかどうかは分かりませんが, 反応を確認,呼吸の確認,胸骨圧迫,などなどやってあげられればと良かったとも 思います.根をつめて勉強することも辛いので,二か月に一回くらい日を決めて, こういう情報を調べることから始めても良いかもしれません.とりあえず,次のお勉強日を 予定表に入れておきます.

後日追記(2020年 6 月 14日(日)):

救急法の勉強第二回目なのですが,何をやるかあまり決めてなかったので, とりあえず,前回見た Youtube をもう一度見て,メモを取っていきました. 遅々としてあまり進んでないようにも思いますが,少しは前進です. 無理して進むとすぐ嫌になるので,できる範囲でよいでしょう. 次回は,図書館で救急法に関する本でも借りてくることにしましょう.

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朋子さんの思い出,その1 花見

2020 年 4月 27 日 (月)

昔の絵日記が出てきましたので,ここに置いておきます. これは 2015 年 4月 22 日(水)の日付がついていたので, 朋子さんも私も56歳のときです.春に朋子さんとお花見に いったときのお話です.


2015年 古賀家のお花見



55歳で会社を自己都合退職して,こんな下手な絵日記を書いている夫と 一緒にいてくれた朋子さんはとても優しい人でした.
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戒名,法名,法号,俗名

2020 年 4月 28 日 (金)

私と息子は,朋子さんに戒名はつけませんでした.俗名のまま

古賀 朋子
のままです.明瞭に意識に浮かんでいる理由は3つあります.
  1. 朋子さんの名前を失ってしまうのは,私たちが寂しいこと

  2. 生前,朋子さん自身があまり派手に葬式をしないで良いと言っていたこと
    海に散骨で良いといっていました.どこまで本気だったのかは分かりませんが, とにかくそう言っていました.それなのに,普通のお葬式をしたのは単に 私が寂しかったからです.

  3. 私と朋子さんの家は宗派が違い,明瞭に私の宗派の戒名を つけるのは躊躇われたこと
    この回のタイトルにあるように宗派により,戒名は,戒名,法名,法号などと 言われるそうです.朋子さんはもともとお寺の次女です.お父さんが亡くなり, お姉さんが亡くなり,お母さんが亡くなり,いろいろなことがあって,今は 上に書いたように「散骨で良いわよ」というようになったのです.少なくとも 表向きは.

葬儀屋さんとの打ち合わせでは,戒名を付けないのは慎重に考えた方が良いと言われました. この後,ご主人やお子さん,そのお子さんが入るお墓で一人だけ俗名だと変ですよとか, ご主人も亡くなったとき,戒名付けられなくなりますよとか.

正直言って,戒名を付けないことの影響がどういうものか私はまだ分かっていませんので, 将来,考え直すかもしれません.今後,四十九日とか色々な仏教行事がありますから, これについては,今後も考えるんだと思います.

上に書いた理由のうち先頭の,「私たちが寂しいから」という理由は,私たちのエゴなのかもしれません. 戒名は仏弟子としての名前だそうですから,いつまでも成仏できなくなるのでしょうか. 地縛霊になってしまうのでしたら考え直さなければいけませんが,私は,なんとなく,ずーっと 薄まっていって,私たちの中や,この宇宙の中に薄く均等に溶け込んでいくような気がしています.

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お礼

2020 年 4月 29 日 (水)

今回のお葬式や,それ以前,朋子さんがいままで生きてきて,いろいろな方々に お世話になりましたので,ここでお礼を言っておきます.下で,いくつもの項目で 述べている方々には重複があります.つまり複数の項目に属する人がいます.

まず,朋子が倒れたとき,来てくれた救急隊員の方々,病院に到着するまでずっと蘇生処置を してくださり,ありがとうございます.対応してくれた病院のお医者様方, 一生懸命,対処していただき,ありがとうございます.

お葬式に向けて,親身になり相談にのっていただいた葬儀屋さんと藤沢のお坊様, ありがとうございます.お二人の助言が無ければ,後に面倒な手続きをしなければ ならなかったであろうことをうまく進めることができました.

息子にはお葬式の段取りを色々手伝ってもらい,感謝します.また, 母親が亡くなって悲しいと思いますが,朋子さんも息子に悲しませようとは 思っていないと思いますので,しっかり生きてください.

幼稚園,小学校のときの息子の同級生のお母さま方,その家族の方々, 朋子のお顔を見てお別れを言ってくれたり,通夜に来てくれてお別れを 言ってくれたり,涙を流していただいたり,香典を頂いたりした方々,その他,悲しんでいただいた方々, ありがとうございます.

ご近所で,時々,朋子をバーゲンセールとか,ジョギングとかに誘ってくれた方々, ありがとうございます.バーゲンではいつも歩き回るだけで,何も買わずに帰ってきて いましたが,結構,すっきりした顔で帰ってきていました.

同じマンションで,香典を頂いた方々,ありがとうございます.

昔の私の会社の社宅での知り合いの方々,お悔やみの言葉をありがとうございます.

朋子が昔勤めていた大阪の阪急百貨店の同僚の方々,今まで仲良くしてくださって, ありがとうございます.年賀状が来ると,とても喜んでいました.

朋子が昔勤めていた京都の同志社事務の同僚の方々,今も忘れないで, 時々,連絡を取ってくださり,ありがとうございます.こちらも,年賀状やクリスマスカードが 来ると,とても喜んでいました.

朋子の幼馴染みのじゅんちゃん,みいちゃん,ゆうちゃん,お葬式にお花を送って くださり,ありがとうございます.おかげで,棺をお花でいっぱいにすることができました. 最近でも,朋子さんを旅行に誘って頂き,ありがとうございます.これもすっきりした 顔で返ってきていました. また,特にじゅんちゃんは私と朋子さんの出会いに関わっていますので, 感謝の念に堪えません.あと,このとき私をそこに連れて行ってくれた,昔の下宿の 久末先輩にも感謝します.今回,久末先輩の連絡先を教えてくれた駒井先輩にも感謝します.

香典をくださった私の親族の方々,ありがとうございます.

香典をくださった朋子の親族の方々,ありがとうございます. そうして,もう亡くなってしまわれた,朋子さんのご両親,お姉さん,ありがとうございます.

電報を送ってくださった方々,ありがとうございます.特に,線香とセットに なった電報を送ってくださった方々,ありがとうございます.お線香の香りは 良いものです.いろいろな種類のお線香がそろいましたので,毎日,色々な 香りを朋子さんに届けています.

お花を送ってくださった方々,ありがとうございます.位牌,お骨,遺影を自宅に 連れて帰って,祭壇を作りましたが,朋子さんの周りが皆様のきれいな お花でいっぱいになっています.

その他,朋子さんに今まで関わっていただいた方々,ありがとうございます.

尚, 名前が部分的に出ているところがありますが,関係者にしか分からないと思いますので お許しください.


後日追記(2020年6月4日(木)):

四十九日法要に合わせて,プリザーブドフラワーとお供え物を送って くださった奈良の I さん,どうもありがとうございました. お花は仏壇に飾らせていただき,一緒に入っていたちりめんじゃこの佃煮は 私がご飯のおかずにして食べさせていただきます.仏様にあげてからですけど.

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お花のこと

2020 年 4月 29 日 (水)

今回は葬儀場や自宅に沢山お花をいただきました.私はあまり部屋をお花で飾ることに 興味がなかったのですが,朋子さんが花で囲まれているのはうれしいものです. 上にも書いたように,棺は顔の周りといわず,身体の周りといわず,とにかく 全身をお花でいっぱい囲んで送り出してきました.

葬式が終わり,位牌とお骨を連れて帰った自宅の祭壇も,

  1. 葬儀屋さんが置いていった大きなお花,
  2. 今,非常勤講師をしている大学の知り合いがくれた大きなお花,
  3. 朋子さんの同志社時代の友達がくれたかわいらしいお花,
  4. 朋子さんを紹介してくれた私の先輩が送ってくれたかわいらしいお花
に囲まれています.部屋に入るとお花の匂いがとっても良いです.

私はお花を飾るまったくの初心者ですから,今回,祭壇に添えるお花に ついていろいろな気付きがありました.

  1. お花を長持ちさせるには,それ用の栄養剤がある
    普通の植物の肥料ではなく,主成分は, ブドウ糖,硝酸マグネシウム,有機物,防腐剤と書いてあります.この成分の リストを見ると,やはり切り離された植物用なんだなという気がして, 亡くなった朋子さんを思い浮かべてしまいます.「切り花延命剤」という 言い方もあるようですね.気分を悪くされた方,すみません.でも,ブドウ糖を 補給しているというのはお花にとってはありがたいことなのかもしれません. 切り花でない普通のお花も,同様に蕾が開いて,一生を終えるのですから.

  2. ユリには雄花と雌花があり,雄花は花粉が結構やっかい.雌花は蜜がやっかい.
    小学校の頃,雄花,雌花を習ったことを思い出してしまいました.ユリの おしべは結構,大きくなって,布の上にでも落ちると,色を落とすのが大変ですね. これもお花が生き物ということを感じてしまいます.

  3. キクも花弁が飛び散る
    これも小さな花弁を拾って回るのが大変です.
これらの花々は,豪華できれいなんですけど,私はついつい生き物を感じてしまいます. こういうところも朋子さんに変な奴と思われていたところかもしれません.

最初に葬儀屋さんが持ってきた大きな花は二週間たってもきれいで,まだ, 開き始めているユリの蕾があったりします.水とか栄養剤とか,最初の 設定がしっかりしていたのでしょうね.また,この設置も葬儀屋さんがしてくれましたから.

その後,別の人から送っていただいたお花は私が設置したのですが, ラップを取るのかどうかから分からないし,水を浸み込ませた固めのスポンジに 刺してあるという構造も分からなかったので,傷みがはやかったです. そのスポンジが,栄養のある水を十分保持してないといけないというのが 見て取れなかったのでした.今は,

  1. 切り花の基本的な構造も分かるし,
  2. 長持ちさせるための延命剤の補充もできるし,
  3. 一部,花粉や花弁をまき散らすものへの対処にも気が払えるし
で,だいぶ要領が良くなってきました.

最後に,お花はきれいなのは,きれいだし,匂いも良いのですが,やはり,ユリなどは, 生き物をスポンジに刺しているという感じがすることと, 手入れがやりきれないので,最初の大きなお花が枯れたら, 現代のマンション内の祭壇にふさわしくこじんまりとしたお花を メインに手入れできる範囲で朋子さんにお花を上げたいと思います.

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朋子さんの肉親,友達を必要以上に悲しませたかもしれません

2020 年 4月 30 日 (金)

とにかく,お葬式をしなければならないので, 朋子さんが亡くなったことを彼女のたった一人の肉親の妹さんや友達に知らせないといけませんでした.

朋子の死を彼女と親しい人に伝えるのは辛いものがあります.この知らせを聞いて,びっくりし, そして悲しむのは当然すぎるくらい当然なのですから.でも,やらなければいけないので,親しい順番に,電話やメールなど,可能な媒体を使って実行していきました.

後から考えてみると,このとき,もしかしたら相手を必要以上に悲しませたかもしれません. お葬式が終わり,この時の相手から,手紙やメールを受け取りましたが,それらの文面から, すごい悲しみが伝わってきます.そして,最後には,残された私のことを心配してくれています.

最初に私が相手に伝えたときは,私自身が悲しいのですから必然的にこの悲しみに 相手を引き込んでしまったと思います.さらに,もしかしたら 私も自分の悲しみを相手に共有して欲しいと思っていたのかもしれません.

しかし,やはり,朋子さん自身は肉親や友達が悲しみに暮れることを望まないと思います. 最初の記事「突然,朋子さんが亡くなられてしまいました」 のイザナギ,イザナミのお話のように,死者の世界と生者の世界は異なります. 生者は生きていかないといけないし,死者はどうしても生き返りません. 夫の私が言うのも薄情ですが,生者は生きるのに邪魔にならない程度の ほんの少しの死者の思い出を抱えて生きて 行けば良いのです.

「愛別離苦(あいべつりく)」は四苦八苦の一つです.どんなに愛しい相手でも いつかは別離が待っています.そして,それは「苦」です.離れたくないという 「欲」が満たされない非常な「苦」です.朋子さんの死はもう起こってしまったことです. 元には戻りません.私自身,悲しいと同時に,これが無かったことにならないことも 分かっています.心の半分は悲しみ,半分は実は思い出として昇華し始めています. 人はいつか死ぬものです.それが今回,最愛の人に起こってしまっただけです. 朋子の肉親,友達も,そういう具合に考えて,心の緊張を 解いても良いのではないでしょうか.

仏教に,子供を亡くした母親を釈迦が救う話があります.「ゴータミー」という語で 検索すると詳しい話が見つかると思いますが,ここで簡単に書いておきます.

子供を亡くした母親を釈迦が救う話

幼い子供を亡くした母親であるゴータミーは,死んでしまった子供を抱いて, 色々な人に,「どうかこの子を生き返らせてください」とお願いして回りますが, 皆,済まなそうな顔をするだけです.

そして,遂にゴータミーがお釈迦様にお願いすると,お釈迦様は

では,その子を生き返らせてやろう.それには一度も死者を出していない家で とれたケシの実がいる.それを探してきなさい.
と言います.ゴータミーは喜んで,いろいろな家を周り,そのようなケシの実を 分けてくれるように頼みますが,一度も死者を出したことのない家などありません. そしてとうとう,ゴータミーはその子がもう生き返らないことを受け入れました.

このようなお話です.まあ,良くできた作り話なのかもしれません.でも,このお話は

最愛の人との死別があるということを人は理性では理解していても, 心はそれをすぐには受け入れられない.それを受け入れるためには, 実際に動いて,多くの人と話して,どの家も死者を出していることを 実際に聞いて,あるいは,動き回った上で,疲れも 感じたりして,そういうことを体験することが必要で,それらを通じて, やっと心が最愛の人の死を受け入れることができる
ということを言っているのだろうと思います.

私も,聞き分けのある大人で,しかも61歳ですから,理性では朋子さんがいなくなったことを理解しています. そして,心もそれを次第に受け入れていかなければなりません. 今後は,朋子さんの思い出,雰囲気を,生活に支障の無い程度に,でも少し多めに持って,生きていくのが 良いのかなと思います.

朋子さんの肉親やお友達の方も,ほんの少し,生活に支障の無い程度,朋子さんの 雰囲気をちょっとだけ感じて生きていただければ,私としてはとても嬉しいです. 朋子さんも喜ぶと思います.これが 告別式のとき言おうと思っていた原稿の 最後の部分の意味です.

無理に忘れようとすると,これは理性から心に力を加えることに なりますから,作用・反作用の法則で,同じ力の反発を受けてしまいます.心の 緊張を解しても,それは罪ではないんだよと知って,朋子さんの雰囲気を 感じながら,次第に心の緊張が解けるのを待つのが良いんじゃないかと思います.

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朋子さんの思い出,その2 高尾山への行楽

2020 年 5月 2 日 (土)

また,PC の奥から適当な絵日記を探し出してきました.これは2014年の11月ですから, 「朋子さんの思い出 その1 花見」より,5か月くらい前のことで, 高尾山に紅葉を見に行ったときのことです.

三連休の真ん中で人がいっぱいでした. それで,ケーブルカーもリフトも乗れなくて,せっかく来たので,ほんのちょっとだけ 登って(1.2 Km くらい),すぐ降りてきました.朋子さんは,とにかくこういう身体を 使うことに関してはとことん根性の無い人でしたから,上まで登るのは無理なんです. このとき,私も,結婚してから 二十数年,これ以上頑張らせたら,機嫌が悪くなると いうところは抑えています.いやいや,それでも少し朋子さんのラインを越えてしまい, 帰りに,「今日は疲れたわね」と嫌味を言われてしまうんですけど.

徒歩で登る道も人がいっぱいで,二人で,

感心しながら登っていました.

2014年11月27日の絵日記


考えてみれば,朋子さんをそんなに豪華なところに連れて行った記憶がありません. 大阪(石橋)にいるときも, 自宅の近場,かつ,田舎の風景で済ますことが多く,遠出したと言えば,神奈川に来てから, 子供が幼稚園のとき,家族で一度だけ ハワイに行ったくらいです.

う~,可愛そうな朋子さん.まあ,友達がバーゲンセールとか 箱根の温泉とか誘ってくれたから良いか.だんなとバーゲンセールに行っても面白くないよね.

世の中の夫婦はどうなんでしょう? 定年を迎えただんなとディズニーランドで きゃっきゃっ言って遊びたいんでしょうか.朋子の友達の順ちゃんとか旦那さんと仲が よさそうだからそうなのかもしれません.朋子さんから聞く限り.

あっ,順ちゃん,朋子さんをお相撲見に連れて行ってくれてありがとう.あれからしばらくは 彼女も相撲は面白いと言っていました.

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人間の心の多重構造

2020 年 5月 3 日 (日)

朋子さんが亡くなっても,不思議と,市役所などでの普通の手続きや 仕事の打ち合わせの最中に悲しさがこみあげて,涙腺が緩んでしまうと いうことはなく,(本人の自覚では)てきぱきと必要なことを聞いたり, まとめたりして会話が成立しているように思います.それは朋子さんに 関わることでも同様です.例えば,葬儀屋さんと打ち合わせするときも, なにか選択するときは,その利点,欠点を頭の中で評価しながら,決めていく ことができています.

一方,朋子さんのお友達と話す時なんかは,やはり悲しみがこみあげてきて, ついつい,涙腺が緩んで,話が途中で途切れるということがあります.

たぶん,人間は長い社会生活の中で,これは仕事モードとかこれはプライベート モードとか,心の中にいろいろな小部屋ができているんだと思います. その小部屋に閉じて会話をしているときには,朋子さんのことを話す時でも, 相手によく伝わるように話を組み立て,時には冗談さえ交える余裕があるのです. つまり,私の心は多重構造を持っているんだと思います.これはきっと私だけではない でしょう.会社生活をした多くの人が結構このスキルを持っていると思います.

こういう多重構造を持った人というものを考えると, 「非人間的なスキルだな~」とも思いますが,これは今後生活していく上で 必要なものなのでしょう.たぶん,こういう物事を粛々と進めていける 能力があるおかげで,残された家族も生活していけるんだと思います.

しかし,朋子さんが亡くなって,ときどき,仕掛の仕事を途中で放っておくことが 多くなったような気がします.洗濯したのにしばらく干すのを忘れてるとか, 書類を書いている途中で資料を取りにいったら,朋子さんの位牌が見えて,そのまま お線香をあげて,別の仕事にとりかかったりです.どうも,目の前にある出来事に 反応して次の行動を決めているような気がします.これは,きっと,今,心を占めている ものが多く,複数のことが絡む計画などの実施のための心的リソースが枯渇しているのでしょう. 認知科学的な説明では,頭の中のリソースは一定なので,たくさんのことが,それを 占めてしまうと,自由に使える部分が枯渇して思考のパフォーマンスが落ちてしまいます. これはちょっと気を付けて,少しずつ,頭に常駐しなくて良いものを下ろして いかなければなりません.

そう言えば,生前,朋子さんは,

配偶者の死は,ショックがかなり大きいらしいで.そんで,奥さんを亡くした 旦那さんは,やる気がすっかりなくなって早死にすることが多いらしいけど,奥さんの 方は,むしろ元気になるケースが多いらしいで.あんた,簡単なご飯ぐらいは 作れるようにしときや.私が死んだら暮らしていけんやろ.
とか言ってたことがありました.そのときは,「ぼくが先に逝くよ」と言っていたの ですが,悲しいことに私一人になってしまいました.

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お葬式と仏教

2020 年 5月 3 日 (日)

私の実家は代々,浄土真宗で弔っていますので,私も朋子さんのお葬式は,近くの浄土真宗の お坊さんにお経をあげてもらいました.お坊さんのお話では,浄土真宗では, 人は亡くなったらすぐに仏(ほとけ)になるということでした.

しかし,ここは私の理解と言うか願望とは違います.私の理解(願望)は次のようなものです.

  1. 修行僧の法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)は,
    「私の名を唱えたものが仏国土に 生まれ変わらないなら,私は悟りを開くことはないだろう. つまり,私の名を唱えたものは誰でも救いとる」
    と決意し,修行して, 遂に,悟りを開き,阿弥陀仏(あみだぶつ)という仏になられた.

  2. したがって,人は阿弥陀仏(あみだぶつ)の名を唱えたら,「死んだ」後, 阿弥陀仏の仏国土である極楽浄土に行く.

  3. 極楽浄土は阿弥陀仏が作られた修行場で,亡くなった方は そこで朝から晩まで,心を落ち着けて修行し,そして無限とも思える長い時間の 後に仏になる

  4. 極楽浄土は修行に適した環境になるように,それは美しい,心地の良い, 「楽」だけしか 無いような浄土として阿弥陀仏が作られた仏国土である

たぶん,浄土信仰のもとになっている浄土三部経のうち,主のお経である 無量寿経をそのまま読んだら,こんな解釈になると 思います.また,残りの二つのお経,観無量寿経,阿弥陀経でも同様だと 思います.

浄土宗,浄土真宗,その色々な派では,宗祖やその後のお坊さん達,そして現在の お坊さん達がそれぞれ独特の解釈を入れているので, それぞれの宗派で決まった固有の解釈があるのは分かりますし,それはその宗派の考え方であり, 外部の私が否定できるものではありません.たぶん,死んだ人はみな仏になるのが浄土真宗の教義なのでしょう.

もう一つ,無量寿経の解釈(願望)には,私と日本のお寺さんで,より根本的な違いがあります. それは,上でも朱書きで「死んだら」と書きましたが,これを私は 生物学的な「死」と解釈していないことです.

もともと,仏教は,人が生きる上で生じる 「苦」をどうにかするというか,「苦」とうまく 付き合っていくという教えのはずです.それが何で死後の安楽のことを説かないと いけないのでしょう.無量寿経は生きている私たちのために説かれたもののはずです. また,浄土真宗の祖の親鸞聖人も

言われています.あまり先祖供養ということを主張されなかったのではないでしょうか.

で,私の願望(理解)としてはどうなのかというと,次のような感じです.

  1. 自分の欲に基づく「苦」から離れようと思い,阿弥陀仏の名を唱えた瞬間に, 今までの欲にまみれた愚かな自分が死に,新しい求道者としての自分が極楽浄土に 生まれかわる

  2. したがって,物理的に死ぬわけではなく,心が今までとは別の方向を向いて,自らの 計らいを捨て,阿弥陀仏に身をゆだねようという決心した生き方が始まる

  3. どんなに決心しても,欲は起こるし,本来,欲は生存のための欲求であり, 欲がなければ死んでしまうので, 阿弥陀仏の名を唱え,自らの計らいをすてることで,欲に振り回された 以前の自分とは違う,「極楽」の生き方をする(計らいを捨てるので, 「する」ではなく「させていただく」なのかもしれません)

ちょっと,表現は拙いかもしれませんが,こういうことだと思っています.

つまり,念仏は朋子さんにあげるものではなく,自分自身のために唱えるもの だと思うのです.死んだ人は多分,死後まで苦しみはしないと思います(苦しみはしないで欲しいな).

では,亡くなった朋子さんはどうなってしまうのか.

私は,別に,彼女は極楽浄土に行っているのではなく,生前,朋子さんだった 魂のようなものが,段々,広がって,薄まって,私たちや,草木や,土岩,空間の 中に溶け込んでいくんだと思います.そこにはすでに生きているときの 個性をもった強固な塊はなく,もともと,すべての人,動物,植物,モノだった 何かに帰っていくだけなのかなという気がしています.私自身も遅かれ早かれ, そういったものになって,混然として,また,ある確率で固まりができて, 生き物になったり,モノになったりを繰り返していくのかなとも思います. これが私の生死観です.

こんなことを浄土真宗のお寺とかで言ったら,たぶん,異端扱いだとおもいます.だから, 言いません.もっとも,お坊さんでもない一般人の私が「異端」ということは無いでしょうね. 単に,「ものを知らない変な奴」というだけですね.

さらに,死者の供養は日本の慣習的しきたりですから,およそそれに則って, 今後,四十九日や初盆,一周忌,三周忌などをやっていこうとは思っています.

で,こういう生死観を持っている自分が,今,時間を割いて,朋子さんの位牌に線香をあげて手を合わせているのは,いったい 何をしているのだろうと自問すると,実はよく分かりません.上で書いたように 霊がやどるとか考えていないのに,自分は何に対して手を合わせているんだろうと 考えると答えはでません.でませんけど,手を合わせています.

答えがでないついでに,感覚的には,遺骨をお墓に入れてしまうのではなく, 手元供養も良いなと思い始めています.近くに居て欲しいのです. 朋子さんには迷惑かもしれませんが.

手元に置いておくと成仏しないかもしれないのが心配ではありますが.

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用語の説明 仏,菩薩,阿弥陀如来

2020 年 5月 4 日 (月)

一つ前のお話で,「仏」とか「(法蔵)菩薩」とか「阿弥陀仏」とか 説明も無しに書いてしまったことに気が付きました.日本では,人々はこれらの 言葉に日々接しているでしょうが,どういう意味か正確には知らない場合も あると思います.例えば,「仏」は「死人」のことではありません.また, 神様みたいに願い事を聞いてくれる人(or なにか)でもありません.

一つ前のお話は,それらの意味が分かっていないと分かりにくいので, 上の3つの言葉とそれに関係の深い事柄だけ簡単に説明しておきます.

まず,「仏」ですが,これは「苦」を超越した人のことです.人の世は,「苦」に あふれています.例えば,四苦八苦といいますが,四苦とは

  1. 生まれる苦しみ
  2. 老いる苦しみ
  3. 病気をする苦しみ
  4. 死ぬ苦しみ
で,これに次の4つを加えたものを八苦と言います.
  1. 愛別離苦
    愛する人と別れないといけない苦しみ.今回の私はこれですね.

  2. 怨憎会苦
    嫌な人とも一緒に居なければならない苦しみ.毎日,苦手な上司と 一緒に仕事をしなければならないことなどです.

  3. 求不得苦
    欲しいものが手に入らない苦しみ.

  4. 五蘊盛苦
    心と体が思うがままにならない苦しみ.
他にも色々あるかもしれません.仏教の真理を体得して,このような苦しみを 克服した人を「仏」と言います.基本的に,「苦」は「欲」と結びついていますから 「欲」に振り回されない人なのかもしれません.

「仏」は「如来(にょらい)」とも言います.「如来」とは 「かくの如く来た人」の意味です.お釈迦様は釈迦如来とも言いますし,後で説明する 阿弥陀仏は,阿弥陀如来とも言います. 仏教の目的は,究極的には「仏」になることです. ただ,同時に,「仏」になるのはとても難しいことです.歴史上は,「仏」になった実在の 人物はお釈迦様だけということになっています(宗派によっては宗祖が釈迦如来の生まれ変わり と言っているところもあるかもしれません).

それが,時代が下がって,日本に来た仏教の一つの大きな派,所謂,大乗仏教では, お釈迦様の前にも無数の仏様(如来)がいたことにされます.そこに現れる仏様の一人が 阿弥陀仏(阿弥陀如来)です.阿弥陀如来は,計り知れない光を持つ仏様であり,計り知れない 寿命を持つ仏様でもあります.阿弥陀如来は前のお話にも書きましたように,西方に極楽浄土と いう仏国土を作りました.極楽浄土は仏になるための修行場です.極楽浄土の名前は, 楽のみがある(苦がない)清らかな場所という意味から来ています.

大乗仏教ではお釈迦様の前の仏様を大量生産しましたが,普通の人も仏になれると説いています. 例えば,大乗仏教に分類される法華経では,「君も,君も,君も,仏になれるよ」という お話もあります.

浄土真宗では,亡くなった方は極楽浄土に往生し,そこで修行して仏になるのですが, 阿弥陀仏がすべてを救い取って,皆をいつかは仏にしてしまうので,亡くなったら仏に なるということになったみたいです.こういういきさつで,死人のことを「仏」と 言うようになりました.

まとめますと,「仏」のもともとの意味はあらゆる「苦」を超越した人のことですが, 日本では浄土教の影響で,ほとんど死人と同義語になってしまいました.

最後に,菩薩(ぼさつ)ですが,これは大乗仏教特有の概念で,仏としての真理を体得していながら, この娑婆世界(我々が暮らしているこの現世)に留まり,(たぶん苦も感じながら),衆を導く人のことです.有名な 菩薩として,観音菩薩がいます.阿弥陀如来になられた法蔵菩薩も菩薩の一人です.

菩薩のこの意味をよく表している句として,かなり後期のお経である, 理趣経百字の偈(げ)の最初の下りがあり,私はここの句がとても好きです.

菩薩勝慧者 乃至尽生死 恒作衆生利 而不趣涅槃

意味

菩薩は勝れた知恵を持った方で,その生死の尽きるまで,衆生を利することに 力を尽くし,あえて涅槃には趣かず(自らの悟りの世界に落ち着くことはない)

理趣経はずいぶん後の時代のお経で,浄土真宗などの信仰の対象にはなっていません. したがって,浄土真宗のお寺で,この句が好きというと嫌な顔をされるでしょう.

以上で,「仏」,「菩薩」,「阿弥陀如来」の説明を終えますが,ここでの 説明は簡単な用語の説明にとどまっていて,それらの考え方までは踏み込んでいません.

こういう知識は時々,本を読んだりして仕入れるのですが,目の前にせまっている 四十九日法要をどうするかや本位牌(or 過去帳?),仏壇,お墓をどうするかは まったく頭がついていきません.困ったことです.

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少しぼ~っとしていたいこと

2020 年 5月 4 日 (月)

お葬式とか,そのあとの朋子さん関係のいろいろな手続きとか,そのほか色々な考え事で ちょっと疲れてきましたので,明日は,一日,ぼーと過ごすことに決めました.

ただし,

を除く.

しかし,朋子さん,よく毎日,ごはんを作ってくれたな. 毎日,毎日,何を作ろうかなんて考えるの,大変だったろうな.


追記(2020年5月5日(火)):

午前中は,予定通り,朋子さんの祭壇の横のベッドでぼ~っとして 横になっていました.午後は,つい, 仕事っぽいことをしてしまいました.でも,少し気持ちが楽になったみたいです.

晩御飯は,回鍋肉(ホイコーロ)にしました.玄米ご飯を4合炊いて,小分けにして 冷凍したので,あと8日間はごはんを炊かないで良いです.回鍋肉は3人用だったので, 1袋の約 1/3 を目分量で使いましたが,もしかして,これも3人分作って凍らせておけば,後日, おかずを作らないで良いのでしょうか.

さらに追記(2020年5月6日(水)):

昨日の残りの回鍋肉(ホイコーロ)の素を使って回鍋肉を二人分,それから マーボ豆腐の素を使って3人分作って,冷凍してみました.後日,レンジで チンしてみたいと思います.マーボ豆腐は豆腐がレンジでうまく温まるか ちょっと心配ですが.

さらにさらに追記(2020年5月10日(日):

今日までに,冷凍した回鍋肉(ホイコーロ)もマーボ豆腐も電子レンジでチンして 食べてみました.一応,食べられます.でも,マーボ豆腐はできたての方が豆腐が 美味しいです.

さらにさらにさらに追記(2020年 6月 6日(土)17:50):

インコのピピちゃんは,カルシウムを(口の前に持って行って)食べさせるように したら,少し元気になってきました.でも,両足ともかなり弱いですが. 今,朋子さんが好きだった One OK Rock の曲を聴きながら,機嫌よくしています. 朋子さんが夕ご飯を作る時間に CD をよくかけていたので.

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自分の今の境遇を考える

2020 年 5月 6 日 (水)

今日も午前中は,朋子さんの位牌の横のベッドでごろごろ寝転がっていました.

そして,つらつら,今の自分の境遇を考えるに

  1. 週に1回の非常勤講師しかオブリゲーションがないから
    • 準備も含めて,週に正味2日くらいの労働しかなく,こんなに落ち込んでいても やっていける.おまけに今は新型コロナウイルスの緊急事態宣言中であり, 大学もオンライン授業で,基本,自宅で仕事ができる
    • これだけのオブリゲーションでやっていけるので,つい,色々 考えたり,寂しく思う時間ができてしまう

  2. 具合の悪いインコがいて
    • あまり目を離すことができない.インコも朋子さんが いなくなって,私にべったりなので余計目を離せない.外出もなかなかできない. 外泊などは相当困難.今までは朋子さんが面倒を見てくれたのだけど...
    • 世話をしなければならないという目的ができている
    • 時々,呼び鳴きで,呼んでくれる

  3. 家に一人になってしまったので
    • 慣れない家事を色々やらないといけない
    • でも,誰かを世話しなければならないということはないのでまだ気が楽
    • 家事をすることで少しは気がまぎれる

    ・・・

こう考えてみると,当たり前ですが,物事には色々な側面があり,何か一つの 側面をとって,「あぁ,不幸だ」と嘆いていても仕方がないんだろうなと 言う気になってきます.「朋子さんが亡くなってしまった上に,インコまで 弱ってしまって,いつ逝くか分からない.せめてインコでも元気だったら 気がはれるだろうに」は,言っても詮無いことです. その状況は状況で実際にそうなのであり, それに不満をぶちまけても物事は変わらない.やはり,その中に身を置き, 多少は問題解決をして,状況を変えながら暮らしていくしかないんだろうなと思います.

朋子さんが亡くなったのは,もう,起こったことですから,今更,変えることは できないのです.その状況で生きていくしかないのです.

アメリカの神学者,ラインホルド・ニーバー(Reinhold Niebuhr)の詩のタイトルに

(花は)置かれたところで咲きなさい
Bloom where God has planted you
というのがあるそうです. この言葉が好きな人,嫌いな人,いろいろいると思いますが,私は 好きです.これをしゃくし定規に,「どんなブラックな会社にでも 我慢していなければならない」ととってしまえば,過労死につながる かもしれませんから,現実的には色々な対応をしていかないと いけないでしょうけど,ある程度の置かれた状況を受け入れた上で, 一つ一つに前向きに対処していかねばならないと思うのです.そして 対処の中には, ある程度の助けを求めたり,そこにあるものを問題解決のために 上手に使うことも含まれるでしょう. これらも置かれた状況の一つです.この言葉は,なんでも一人で,苦境に堪えないといけない ということを言っているのではないと思います.もしかしたら,最終的には別の環境に移ることも あり得るかもしれません.この言葉は,心のあり方を言っているんだと思います.

多分,上の作者の名前と Bloom ... で検索すると, その詩の全文が出てくると思います.誰かの訳も出てくるかもしれません. 私は味のある詩だと思います.

すでに起こってしまった何かですごく悲しんでいる人もちょっと目を 通してみると良いのかもしれません.

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配偶者の喪失感と生きる目的の喪失感について

2020 年 5月 7 日 (木)

朋子さんが亡くなって3週間とちょっと経ちます.その間, 朋子さんが亡くなってしまったんだなと強く実感するときが時々あります. それは,他愛もないことを言おうと思って,その言う相手がいないことに 気付いたときです.例えば,朋子さんから

「〇〇さんはすごい丁寧な人やねん」
と聞いていて, 実際に電話でその人と話したとき,そう実感したら,
「いや,あんたから聞いてたけど,確かに,〇〇さんは丁寧な人やな」
と言おうとして,言う相手がすでにいなくなっていることに気付いた時です.本当なら,
「そやろ,〇〇さんはほんまに丁寧な人やねん」
と返ってくるのにそれがない.

一般に配偶者の死はすごいストレスになるということを聞いたことがあります. 人生の目的が無くなってしまったような感じがするとか.実は, それを聞いたのも朋子さんからだったような気がします. 「確かに,あんたの言う通り本当にキツイな~」と言おうとして 相手がいないのに気付くのはかなりキツイものがあります.

実際,私も,朋子さんが亡くなった今,

「なんのために生きているのかな」
と自問することが多いです.

朋子さんが生きているときは,自分の意識の中では,「自分が生きる目的」は

    自分がやりたかったこと
  1. 何か自分が生きてきた(計算機科学の分野の)文化的な DNA を残すため.

  2. 計算機科学の学習者が理論的なこと学習するのは大変そうだから,それらの 理論の基礎を ものすごく簡単になるまでかみ砕くというのは価値がありそうだから やってみよう

  3. そういう成果を勉強会で知り合いに伝えたり,説明用のウェブサイトを作ったり, 講習会を開いて,幾ばくかの収入を得たり,電子出版ですごく安く売ったり, 成果を配信するのも 面白そう

    朋子さんとのこと

  4. 朋子さんと自分自身の生活を(経済的に)何とか成立させる. 裕福と言えなくても.
とか考えていました.朋子さんが亡くなって,最後のものが無くなったとたんに それ以前に書いていた目的が,まったく価値が無いように思えてくるのです. それ以前のものは朋子さんの死とは関係なく,在り続けるはずであるにも 関わらずです.さらに,朋子さんが生きていた時は,それ以前のもののことを 考えるときは朋子さんのイメージは頭に浮かんでこなかったと思います. だから,両者は私の頭の中の別々のところに入っていたと思っていたのです.

もしかしたら,両者はまったく無関係という訳ではなく,私は朋子さんに

「あんたとの生活のためにできる範囲で努力はしているよ」
と言いたい気持ちはあったのかもしれません.でも,目的(というかやりたいこと)の 1~3 は依然として存在するはずなのに,なんで無いように思えるのでしょう. もともと無かったんでしょうか.全部,朋子さんと一緒に生きるという目的が形を 変えて出ていただけなんでしょうか.

ということで,生きる目的って何だろうと,朋子さんの祭壇の横のベッドでごろごろ しながら考えてみました.

上の4つの目的は,それがないと宇宙が無くなるというようなものではありません. ただ単に私がやりたくて,一人でそう決めただけのものです.基本的に世の中に 「なにかしなくちゃいけない」なんてものは存在しないのです.朋子さんとの生活の 存続の必要性だって,今まで,なんとなくお互いに寄りかかって,あたかもそれがあるように 見えていただけです.

こう考えていくと,般若心経の「色即是空」以降の部分

が思い起こされてきます.次のような意味ですね.

文章通り読むと,「XXXが無いといっているのだから,それが尽きることもないとは いったい何を言っているのだ」と,なんのことか良く分かりませんが, 上の「生きる目的」を入れてみるとなんとなく分かります.

「悲しみ」としてもぴったり来ます.

「生きる目的」が全く消えたように感じるのは, たぶん,今は,もっとも気付きにくくて,もっとも重要な目的である

朋子さんと一緒に暮らす
という目的が失われてしまったので,他の,勝手に思い描いていた目的も 一時的に形を保つことができなくなっているのでしょう.でも,人間である以上は, これ(目的)の発生はやはり尽きることがないんだと思います.

ということで,人間である私も,たぶん,またやりたいことがふつふつと湧いてくるの でしょうから,それに逆らわずに,少しずつ,落ち着きながら,やっていくのが 自然の摂理なんだろうなと思います.

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四十九日法要の準備

2020 年 5月 14 日 (木)

朋子さんが亡くなったのが4月14日(火)なので,今日で,まるひと月になります. 亡くなった日から計算すると,四十九日は 6月1日 (月) になるとのことです. お葬式が済んで2週間くらいは,四十九日をどうしようなど考える気が しなかったのですが 3週間目からはさすがに考えないといけないと思い始めました.

色々調べたり,葬祭屋さんに聞いたりして,今回は私と息子だけでやるので, 最低限,次のことを考えればよいと いうことが分かりました.

さらに,次の二つもそろっていると尚良いらしいです.

今は,新型コロナウイルス肺炎の騒ぎのせいで人を呼べる状況ではないのですが, 人を呼ぶなら,上のに人を呼ぶこと関係のことが加わるということですね. また,たぶん,新型コロナウイルス肺炎のせいで,お寺など人が集まるところも 空いているので,ちょっと前ですが,5月8日に電話したら予約はとれました.

ということで,四十九日の最低限の準備ができました.

こういう,人が亡くなって落ち込んでいるのに,なんで次から次へと何かやったり,判断したりと いうことがあるのでしょう.もうちょっと静かに落ち着いて落ち込んでいたいのに.

でもよく考えてみると,こうやって次から次へと何かがあるというのが人生かもしれません. 身内が亡くなって悲しんでいる人には,こうやって次から次へと何かやらせて,普通の生活へと 追いやっていくのが仏教の知恵なのかもしれません.私は「朋子さんの供養」という 名目で,それにのせられているのでしょう.

仏教は,こういう自然な仕掛けで「苦」を何とかしていく方法が組み込まれていることが 多いです.なんでも,お布施は,お金にとらわれて苦しまないように,お金を捨てる練習 なんだけど,さすがに捨てるというと抵抗があるので,お寺さんが貰ってあげるのだと どこかに書いてあったような気がします.

P.S.

実は,今日,また仏壇屋さんに行って,仏壇を買ってきました.18号の小さなの. そこまで安くなく,そこまで高くないもの.昔ながらのオーソドックスな黒檀でできたもの.

朋子さんが亡くなって一か月,お金をどんどん使っていっている気がします.領収書は取ってあるけど,中々,集計しようという気が 起きなくて,いくら使ったか,まだ,一度も集計していません.いつ,集計する気に なれるんでしょう.

後日追記(2020年5月15日(金)):

今日,やっと,4月に朋子さんが亡くなってからの領収書を集計してみました. お葬式と位牌,仏壇などで結構使ってましたが,それ以外はそこまでは使ってなかった みたいで安心しました.でも,考え無に買い物をしていたように思うので, 少し引き締めましょう.

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遺影の写真選び

2020 年 5月 16 日 (土)

奥さんの祭壇にお線香をあげるたびに,遺影を見ることになります.遺影の写真は 40 歳過ぎのときの写真で,今から約20年前の写真なので,若くてかわいいのです. まあ,私の家内は 40 歳過ぎでもかわいいのです.

思えば,朋子さんが亡くなって,最初に決断を迫られたのが,遺体を自宅につれて 帰るか,葬儀屋さんに安置するかですが,二回目の決断が,遺影の写真選びです. 亡くなった日,うちに連れて帰って,葬儀屋さんが帰るとき,

では,故人の遺影の写真を選んでおいてください
と言い残して帰られました.仕方がないので,昔,デジタルカメラでとった画像を延々と調べて, よさそうな写真をピックアップするという作業を遺体の横の部屋でやったのです. 最後に,息子に,「どれが良い」とか聞いて決めました.

亡くなった日に悲しむ間もなく,写真選びの作業をしたおかげで,今,お線香をあげるときも, ついつい見惚れてしまうような写真が飾ってあります.写真を見ながら,

こういう写真はやはり,リアリティを求めて,亡くなる直前の写真でなくても良くて,手を合わせるとき思わず 見惚れてしまう写真が良いな
と思ってしまいました.朋子さんの遺影を見ているうちに色々な考えが頭に上がってきます. と言う考えに辿り着いて,インターネットで「遺影を変える」というのを調べてみました. そうすると同じような考えにたどり着いて,遺影を変えている人が結構いるということが わかりました.そういうことなら,せっかく葬儀屋さんに言われて遺影用の写真をいくつかピックアップ していたので,時々変えてみようかと思います.フォトフレームで時間ごとに変えてみたりして.

なんだか,だんだん,伝統的な死者を弔う儀式から離れていくような気がします.

P.S.

今日も,鍋に具を入れ過ぎて失敗してしまいました.この間,八宝菜を作った残りの シイタケを全部食べてしまわないといけないと思い,全部放り込んだのが 悪かったみたいです.他にも期限が近いものを色々放り込んだし.

そう言えば,結婚した当初,私が料理をすると,朋子さんに 「あんた,料理するときは,自分で考えて勝手に好きなものをいれるんじゃなくて, レシピ通りに作ってや」と言われたような気がします.

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分骨のお話

2020 年 5月 17 日 (日)

朋子さんのお骨は火葬の時に分骨しました.これは朋子さんの実家の人が そちらで弔いたいと言われるかもしれないと思ってです.

朋子さんと私は同じ仏教でも 宗派が違います.私のところは,代々,その宗派で葬式を上げているというくらいですが, 朋子さんはお寺さんの娘です.もうご両親ともに亡くなっていますが,家族は まだ残っています.やはり,身内を別宗派で弔われるのは嫌かなと思って, 朋子さんが亡くなった日から,分骨しようと思っていました.先方には, 分骨したので,その分をそちらで別に弔うこともできるとは言ってあります.

今回の話は,分骨の手続きと,分骨に対する思いについて感じたことを書きます.

まず手続きの話ですが,今回は火葬と同時に分骨しました.それまで,分骨の手続きなど まったく知らなかったので,分骨の必要が生じた時点ではじめて,そこで分骨の手続きをしようと 思っていました.お葬式までに段取りで,葬儀屋さんとかお寺さんに, 分骨の可能性があることを言うと,火葬終了時点での分骨をやたらと勧められました. 当方は,

で,そうとう後で手続きをしようと 思っていたので,正直,ここで手続きを勧められるのは迷惑に感じていたのですが, 結果としては,火葬終了時の分骨が一番簡単だということが分かりました.葬儀屋さんと お寺さんは,それが分かっているから強く勧めてくれていたんでしょうね.

お骨は埋葬するにはだれのお骨かを確認する必要がある訳で,その証明書がお骨に 付きます.その証明を出す一番確実なタイミングが火葬直後のお骨を壺に収める ときな訳です.このとき,分骨の意思を示し,骨壺を2つ用意すれば,それぞれに 対して,証明書がその場で発行されます.私の場合,分骨用の骨壺は 2.5 寸(3.03cm×2.5=7.57cm)で 3,000円のものを葬儀屋さんに追加注文するだけでした.

分骨は納骨後でも出来て,それほど難しくはないということなのですが,やはり 何を考えないといけないのかとかどんな手続きをしなければいけないのかを調べないと いけないので,火葬直後に行うのが簡単な方法のようです.

では分骨しておいて,分骨する必要が無くなった場合どうするのか? 私は,正式には どうしないといけないということを言えませんが,葬儀屋さんは簡単な方法を言われていました. また,法律で特にどうこうしなければならないということも無いように思います.

次に分骨に関する(人々の)考え方,価値観について考えてみます.

私などはあまり宗教意識が強くないので,

分骨して故人の所縁のあった人が身近に感じて 供養すればよいじゃないか
くらいにしか思いませんが,インターネットで検索するとやはり良くないと思う人も 多いみたいです.「魂が分かれて成仏できない」とか「あの世で身体の一部が欠損してしまう」 とか.こういうのはやはりそれらの人の思いなので,それらの人に無理強いするのは 良くないのでしょうね.私みたいに, というのは,それらの人からすればとんでもないことかもしれません.

ついでに手元供養についても考えてみたいと思います.手元供養とは, 故人のお骨を埋葬するのでは無く,自宅に置いて供養することだと思うのですが, 最近は,故人のお骨をブレスレッドなど,アクセサリーにして身に着けるというのも あるみたいです. これは私も故人の遺体を物みたいに扱っているんじゃないかという心配がある一方, やはりいつも奥さんに一緒にいてもらうのは安心する気もして,惹かれます. でも,あまり死者に頼ってしまっても良くなく,やはり,埋葬して土に帰してやらないと いけないのかなという気もします.また,そのアクセサリーにしたものが古くなって 身に着けられなくなった時,どう処分すればよいのでしょう? ペンダントに入れておいて 次のペンダントに引き継げばよいのかな? 考えてみると言いつつ,迷いを述べているだけになってしまいました.

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遺影の写真選び (2)

2020 年 5月 22 日 (金)

朋子さんの遺影は 20年前の 40歳過ぎの写真を使ったと 遺影の写真選び で書きました.今に比べると随分若くて, 最近,朋子さんの写真に手を合わせる時に,

「自分にこんな可愛い奥さんがいたのかな?」
と不思議に思うことが時々あります.段々,リアリティが無くなっているのかもしれません. また,遺影の後ろにお骨の箱があるのですが,ついつい,遺影に朋子さんがいるような気が しています.朋子さんの物理的な亡骸は遺影の後ろなのですが,映像の刺激は,人間に とって,かなり強いものなのでしょう.もっとも,どちらに朋子さんが いるという訳でもないのでしょうけど.

リアリティが無くなっていくのに気が付いて,頑張って,朋子さんのリアリティを 保持しようとすることもありますが,もしかしたら,それは少し傲慢な行いなのかも しれません.彼女が亡くなってまで,自分に縛り付けようとする行為にも思えます. 死んでまで,日本の法律やしがらみに縛り付けられることは無いのです.なんでも 好きにして良いのです.

一方,自分の中の彼女が薄まっていくのをそのままにしておくのは,随分,薄情な 行いのようにも思えます.

う~ん,私はどうすれば良いのでしょう.こうやって二つの考え,あるいはそれ以上の考えの間を揺れ動くというのが,もしかしたら,般若心経などで仏教が言っている人間の本質なのかもしれません.つまり

です.

とすれば,どうすれば良いかの解も仏教にあるはずです.禅宗なら「只管打坐(しかんたざ)」, つまり,ただただ座禅を行うこと,あるいは,般若心経を唱えること,浄土宗,浄土真宗なら一心に「南無阿弥陀仏」と唱え,日蓮宗ならやはり一心に「南無妙法蓮華経」と 唱えるのがその解なのでしょう.こののりで行くと,とりあえず,彼女の遺影や位牌,お骨に,ただただ手を合わせているというのも解なのでしょう.余計なことを考える必要は無いわけです. 「彼女の思い出はもともと存在せず,彼女の思い出が尽きることもない」のでしょう. きっと.

今月末に四十九日法要を行いますので白木の仮位牌と祭壇は本位牌と仏壇に置き換わります.

後日追記(2020年6月9日(火)):

四十九日法要も終わり,かわいいサイズの仏壇になったので,従来の遺影の額縁が 仏壇に飾れなくなりました.ということで,小さな写真立てに昔の別の写真を 入れて飾ったところ,これもすごく可愛いのです.遺影の写真と両方見て分かった のですが,朋子さんお顔はは仏様とか観音様のイメージがあります. いや,仏様とか観音様を実際に見たことはないのですが.

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四十九日法要が終わりました

2020 年 6月 2 日 (火)

5 月 31日(日)に四十九日法要を終えることができました.亡くなった日からの 計算上は 6月1日だったのですが,

1 日早めて, 5月31日(日)にしました.

今回の四十九日法要は,このご時世(新型コロナウィルス肺炎で外出自粛)なので,誰も呼ばずに私と息子の二人だけで 行うことにしてました.また,自宅でではなく,タクシーで 45 分位の お寺に行って法要をしていただきました.たぶん,普段はもっと早く着くんだと思いますが, 丁度,新型コロナウィルスの緊急事態宣言が解除されたためか,お買い物渋滞が発生していて, 結構,ノロノロ運転でした.

それで,肝心の四十九日法要ですが,結構なハプニングがありました. 私の指示がうまく伝わらなかったせいで,お寺についてから,遺骨以外なにも持って きていないことが判明したのです.遺骨は私が抱えて持ってきたのですが,それ以外の 遺影も仮位牌も本位牌もご本尊様も持ってきていません.正確に言うと, 遺骨以外「なにも」ではなく,お花は持ってきていました.忘れてきたものを取りに帰るにしても, 渋滞で片道 50 分位かかりますから,もう間に合いません.

それで,仕方がないので,お坊様に

「手違いで,遺骨以外何も持ってきていないのですが,どうしましょう?」
と状況を説明すると,お坊様は
「遺骨だけあればなんとかできますが,どうしましょう?」
と返されました.浄土真宗では遺影も位牌も必須では無いようです.そう言えば, もともと,位牌では無く,過去帳を進められていました.もっとも,もしかしたら,こちらの 状況を察したそこのお坊様の御配慮だったのかもしれませんが.

ということで, 「今,あるものでやるしかない」と思い,

「では,それでお願いします」
と返事をして,「無事」に四十九日法要が執り行われました.尚,今まで祭壇に飾っていた 白木の仮位牌はお焚き上げのために,次の日(6月1日)にお寺へ私が持参いたしました.

今回は私が初めての四十九日法要でいっぱいいっぱいで周りへ十分配慮できて いなかったような気がします.

今回の教訓は,「もともと忘れるような事態を招かないためには」とか, いくつもあるのですが,私にとって最も重要なものは次の2つだったと思います.

  1. 本当に重要なものは何かを知ること

  2. 起こってしまったことは仕方がない.その状況でやるしかないこと.

最初の,「本当に重要な重要なものは何かを知ること」についてですが, 今回,私は四十九日法要に向けて,位牌や仏壇を用意したりとか,「もの」へのこだわりが 心の中に生じて来ていました.それら一生懸命用意したものが今回の忘れ物ですべてパーに なりました.賽の河原で石を積んで遊んでいたのに鬼が来て,石の塔を蹴飛ばして行った みたいにです.でも,結果として四十九日法要はできました.

大事なことは,そういう小道具を揃えることではなく,私の故人を弔う気持ちだったのでは なかったのでしょうか.今回,遺骨を残して,全部家に置いてきたことは, 私の心に少しずつでき始めていた,「もの」への固執を壊してくれたような気がします.

そこをさらに推し進めていくと,「あれも無い.これも無い」の無い無い尽くしの 仏教のことですから,もしかしたら遺骨も,故人を弔う気持ちも無くても良いという 思索に到達するかもしれません.でも,たぶん,こういう思索は哲学的思索なので, ここではあまり深入りしない方がよさそうです.また,もしかしたら,小道具がないと 法要が出来なかったり,出席者の中で恥をかいたりすることもあるかもしれませんので, 皆さんは真似しないようにしてください.でも,恥をかいた位,別にいいよね.

もう一つの,「起こってしまったことは仕方がない」は, そこで「どうして忘れたんだろう」と悩んでみても,忘れたことはもとに戻らない訳ですから, その状態で最善のことを行う必要があります.今後のために,忘れない工夫は必要では ありますが,まさにその瞬間にやるべきことではなく,その瞬間にやるべきことは, その忘れた状態で最善のことをやることです.

忘れ物と朋子さんの死を同列に扱うのも変ですが,どちらも起こったことで,元には 戻りません.どちらもそのことを受け入れて生きていくしかないのです.要するに

「忘れ物さえしなければ,世間一般の四十九日法要ができたのに」
と悔やむことも
「朋子さんが亡くならなければこんなに悲しまなくても済むのに」
と悔やむことも,どちらも,「言っても詮無いこと」です.起こったことは受け入れて生きていくしかないのです.

今回の件は,朋子さんが,私にこういうことを思い起こさせてくれたのかもしれません.

とにかく,「無事」に四十九日法要が終わりましたので,後は,まだ残っている 頭の痛くなるような朋子さん関係の手続き(特に銀行とか)を粛々と進めながら, 自分自身の現実復帰プログラムも進めていくことにしましょう.

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「ただ,ただ,~する/させて頂く」ことの功徳

2020 年 6月 6 日 (土)

今回のタイトルには「功徳」という語句が入っていて,話がまた宗教臭くなっているなと 思います.でも,もともと人の死を扱っているので,時々,宗教臭くなるのは仕方ないでしょう.

経典の名前も,正確な表現も忘れましたが,大乗仏教のある経典の中に,次のような ことが書いてあったと思います.

大乗の教えの,例え一詩頌でも,一句でも,一文字でも,それを心に留め,読誦し, 書き写すことはには計り知れない功徳があるのだ
私はこれを若いころ読んで
さすが大乗仏教.自分自身を広げる手段を教えの中に組み込むのに 余念がない.当時の新興の一派だった自分たちを従来の勢力から守り, かつ,広げていくために,一文字の写経まで手段に使うか. コンピュータウィルスみたいな宗教だな.
と呆れていたのですが,たぶん,これは私の穿った見方だったと思います.

実は,大乗仏教は,人が 欲に振り回されず,心の平安に到達するために,いろいろな仕掛けがしてあります. 大乗の経典が勧めている上のような行為は,今日では,例えば,

などに相当すると思いますが,これらの行為は心のために良いのです.無心になって こういう単純な行為に没頭するということは,囚われていた欲から一旦離れることに 役立ちます.もしかしたら,もとの目的の中には本当に大乗仏教を際限なく広めていくための目的も あったのかもしれませんが, こういう人の心を安定させることを自然に行わせるという目的もあったと思います.

つまり,「仏」(欲望に振り回されず,苦を克服した状態) に近づく一つの方法としてです.ただし,「仏」になることを期待して読経,念仏,題目,写経を やったのでは台無しです.それは「仏になりたい」という,新たな「欲」を起動することになってしまいます. 「今,どれだけ仏に近づいたかな」と気になるようになれば, これでは逆に,迷いの世界,地獄へ行ってしまいます(この部分は何かの本で 読んだような気がします). こういう事態を作らないために,お寺では 荒唐無稽な功徳や曖昧な功徳など,信じても仕方ないような功徳を言うのでしょう.上の文章を読んだ人には多少,「迷い」が生じてしまった かもしれません.

でも,まあ,大丈夫だと思います.読経も念仏も題目も写経も座禅も,その後に何か良いことが 起こることを期待するのではなく,それを行っているときは心が落ち着いて気持ちが 良いので,そのためだけに行えば良いと思います.そういう心が落ち着いた気持ちに させていただいていることを感謝しながらです.

また,没頭する内容も,別に, お経を唱えたり,写経したりのように仏教に関係するものでなくとも良いと思います. 普通の書道でも,絵を描くのでも,手芸でも,シフォンケーキを焼くのでも, ジグソーパズルでもなんでも, ちまちましたことに没頭する時間を作るのが良いのではないでしょうか.何か 特に目的を持たずに,そのことをやることだけを目的として.

ちなみに,「良いことをすると,巡り巡って自分自身に良いことがある」と考えるのは, 私は逆に,心を地獄に送り込む秘訣だと思います.その行為の恩恵がなかなか現れないと, ついつい,

思ったりします.これでは,お金をあげた上に気分まで悪くなって心を地獄に 落とし込んでしまいます.良いことをした恩恵は,「巡り巡って」ではなく,その場で 与えられていると考えるべきだと思います.つまり,「そういう良い行いができた」という 事自体が恩恵です.「そういう良い行いをする」気持ちにさせていただいたことが 恩恵であり,また,「そういう良い行いをする」ことができる幾ばくかの余裕のある 生活に感謝すべきでしょう.

善行で極楽に行くのも地獄に行くのも紙一重で,世の中を生きていくのは難しいと思います.

ですから,読経も,念仏も,お題目も,座禅も,その上位や裏の目的を持たずに,ただただ, その行為に没頭するのが良いと思います.

とにかく欲に振り回され,しかもその欲が際限ない状態が地獄です.

そういう意味では,亡くなった朋子さんを際限なく思い続けることも地獄です. すでに亡くなっているので,今の技術では生き返らせられません.出来ないことを 欲してしまえば,その欲は決して満たされることがありません.いつまでたっても 満たされることのない欲に苦しめられることになります.そこに多少の朋子さんの思い出でも 投げ込んでも,それはたちまち燃え尽きて炭になって,心に入ることはなく,常に 飢餓に苦しめられなければなりません.お盆の目連尊者のお母さんのお話と一緒ですね.

これは自分自身に対しても言っていることです.日常生活でも,「お腹が空いた」とか, 「眠い」とか,「良い服が欲しい」とか,「お金が欲しい」とか,...,「欲」は 常に発生しますから,「欲」が悪い訳ではなく,際限ない「欲」にとりつかれると 心が地獄になるよと言うことだと思います.そういうときは,ここに書いてある事, 私にとってはここに自分で書いたことを思い出してみれば良いと思います.

上に書いたように,今の技術では朋子さんを生き返せることは,1千兆円積んだとしても できないでしょう.

朋子さんが生きていて欲しい
1千兆円以上欲しい
に置き換えると,なんと浅ましく感じることでしょう.

いつか書いた般若心経の文句を借りると,
「欲」さえももともと確かな形では存在しないし,また,「欲」の発生が尽きることもない
のだと思います.
亡き妻を追い求める気持ちには,追い求め続けたとしても,それが満たされることなく, その渇望は尽きることはありません.際限のない満たされない欲に苦しみ続けなければならない 状態になってしまいます

したがって,私たちとすれば,時々出てくる朋子さんの思い出を,そのときちょっとの間だけ感じて,また, 現実の生活へ戻っていくのが,生きているものとしての正しい生き方なのだと思います.

四十九日法要も終わったことだし,私もそろそろ現世復帰プログラムを進めないと いけないので, こちら側は滅多に書かないことになると思います.
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「愛別離苦(あいべつりく)」へ姿勢

2020 年 6月 13 日 (土)

葬式の時にお寺さんから色々な資料を頂いたのですが,今まであまり見る気力が 起きませんでした.四十九日法要も終わったので,色々身の周りも整理しなければ と思い,昨夜,頂いた資料を手に取ってみました.その中に鍋島直樹さんという方が 書かれた「死別の悲しみと生きる」という冊子があり,死別による悲しみへの, 浄土真宗というか,親鸞聖人の接し方というようなことが書かれていました.

ざっと読んだだけだし,素人が読んで思ったことなので,その冊子が言おうとしている こととは違うかもしれませんが,私なりの理解を書いておきます.

まず,今回のタイトルに現れる「愛別離苦(あいべつりく)」ですが,これは, 用語の説明 仏,菩薩,阿弥陀如来で書いた四苦八苦の中の一つの苦です. 「愛する人と別れないといけない苦しみ」のことです.愛別離苦は,生き別れも入ると思いますが, ここでは特に死による別れのことを話します.

今回,私は身をもって「愛別離苦」がすごい苦しみだと分かりました.その苦しみを 感じている人にどうやって接していけば良いか,親鸞聖人がどうされていたかは, 親鸞聖人のひ孫の覚如(かくにょ)上人の「口伝鈔(くでんしょう)」の第17章と 第18章に書かれているということです.

その小冊子の鍋島さんの解説を私なりの理解で言うと,次のようになります.

  1. まどえる凡夫たる我々は嘆き悲しむのは当たり前であり,それを諫(いさ)める必要は無い

  2. 悲しんでいる人にさらに悲しみを増すようなことをしてはいけない

  3. 最後には仏教の真実の中で救われていくようにする

項目1は,「そんなに悲しんでいてはみっともない」とか「お前がしっかりしないと 亡くなった〇〇さんが悲しむぞ」とか諫めるより,むしろ,寄り添えと書いてあります.

だいたい,無理に抑え込むと,最初は悲しみが出続けているはずですから,それが溜まって爆発しちゃうかもしれませんし, そうでなくとも身体に無理が掛かって調子を崩してしまうかもしれません.

項目2は,たぶん,故人の涙をそそるお話などで余計悲しみを増すようなことをしては いけないということです.

あと,そこには「酒は忘憂(ぼうゆう)の名がある.これを勧めて,笑うほどに 慰めて去るのが良い」とか書いてあります.

でも,アルコール中毒になっちゃだめですね. 人は弱いのでそうなりそうな人はお酒に逃げるのはやめておいた方がよいと思います. 幸い,私は 20年位前,人間ドックの結果から朋子さんに禁酒を命じられて, それ以来お酒を飲んでいません.お酒の場でも,ジンジャエールで十分酔えます. ビールの味は覚えているので,ノンアルコールビールだと余計酔えます.で,帰りの電車の中では しらふに戻ってます.そう言えば,私が飲まなくなってから,朋子さんも飲んで無いような 気がします.話が脱線しました.

項目3は,浄土真宗の小冊子なので,最後は「他力の仏法」に寄りなさいということが 書かれています.まあ,しかし,浄土真宗に限らなければ,やはり,仏教の諸行無常の 法の中,つまり,

この世のものはすべて無常,消滅変化して移り変わるものであり,生と滅を繰り返す
という法の中で生きていくことを受け入れるということになるんだと思います. 最後の説明は浄土真宗から離れていますから,ほぼ私の解釈です.

実際のところ,この最後のことを 受け入れて生きていくしかないのですが,私たち凡夫には,最初からそういうことはできません.それで 項目1と項目2があるんだと思います.

  1. 悲しみを押さえ込むのではなく,
  2. また,悲しみを増幅するのではなく,
次第に悲しみが減衰するようにして,最後に諸行無常の法を受け入れて 生きていくのでしょう.この最後の部分はそれぞれの宗派によって,言い方,やり方,効果が 色々違うと思うのですが,その中心にあるのは諸行無常を受け入れることだと思うのです.

以前書いたゴータミーのお話,子供を亡くした母親を釈迦が救う話 もこんな感じで,ゴータミーは自分の子供の死を受け入れています.

しかし,世の中の大部分の夫婦のどっちか片方はこの愛別離苦を経験するわけですが, みんなどうやってのり越えているんでしょうね.みんな偉いなと思います.

P.S.

今日,四十九日法要を行ったお寺から,「門信徒の皆様におかれましては...」と 始まるハガキが来ました.新型コロナウイルスで夏の行事を取りやめるということと, 新盆法要の申し込み要領についての内容なので,新盆をどうしようかと考えていた時に丁度 よかったのですが,

「お葬式で読経をしていただいて,四十九日法要までしていただいたので, やっぱり門信徒なのかな? でも,その『門信徒』とは具体的には何なんだろう?」
という疑問が起こってしまいました.う~ん,あんまり気にすることは無いのかもしれませんが, 日本のお寺の制度はやはり難しいと思います.他の国はどうだか知りませんが. 今後,お墓をどこかに建てるとさらに色々気になること,考えることが増えるのかもしれません.
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